JUNKAN Museum 循環ミュージアム
クリエイターが描く「循環」
多様な視点、思想、表現から見つめる「循環」は、こんなにおもしろい!
抽象画家
フランシス真悟
11/11
はかなく移り変わる色彩と、循環を象徴するひとつの円
画家になったのは、両親の存在や幼い頃の環境が大きいと思います。父はアメリカ人、母は日本人で、12歳までは日本で暮らし、その後アメリカで父と暮らしました。父は抽象画家で、母は映像作家でした。両親の周りにいる大人たちにもアーティストが多く、彼らは自宅やアトリエに集まっては、作品や制作の話題に花を咲かせていましたね。
僕が最初に興味を持った表現は、実は絵画ではなく言葉でした。父の本棚にあるたくさんの詩集を読んでいるうちに、自分でもやってみたいと思い、詩や文章を書きはじめたんです。15歳くらいになると、イギリスの詩人であり画家のウィリアム・ブレイクに影響され、詩に加えてイラストレーションを描きはじめました。
また母には、日本に帰るたびに東京ギャラリーに連れて行ってもらいました。そこで面白いオブジェやサウンドの作品など多様な表現に触れ、アートの面白さや世界の広さに驚いた記憶があります。
大学ではクロッキーなど正式な技法も勉強したのですが、目の前の現象やものを見たまま上手く描くことはあまり自分に向いていないと感じ、逆に心で感じていることを表現することを強く意識しはじめました。人生の転機のひとつは、フィレンツェ留学のタイミングで出会った、父親の友人のジョン・ミッチェルさんとのやりとりです。彼女は抽象表現主義のアーティストで、僕の作品を見るなり「自分の描き方は自分で発明しなさい」と叱咤してくれました。線や色、形や奥行き、手法もプロセスも自分だけのもので、描きたいものは自分にしか描けない。どうやって自分のイメージを絵として構築するのかを、彼女に会ってから本格的に考えるようになりました。それからいろいろと模索し、今の作品でも取り入れている「レイヤリング」の手法に辿り着きました。重ねることで、そこに残る光や濃淡が浮かび上がる。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』のような、暗闇の中に光がある世界や、はかなさをイメージしています。
あるキュレーターが、作品の実物を観ずに、全てSNSでキュレーションを決めていると発言していて、とても衝撃を受けました。アート作品は自分の目で見て、そこではじめて何かを感じ、コミュニケーションが生まれるものだと僕は思います。作品と空間を共有し、自分の目で観ることに意味をもつ。その意義を改めて問い直したいと考え、この作品シリーズが生まれました。この絵は、観る位置や当たる光の角度によって、蝶の羽やタマムシの柄のように、色彩が移り変わります。雲母を含む顔料が光を反射することで、色の調子が変わったように見えるんです。視覚を通して、自分の体がどこにあるのかを実感することがこの作品のテーマのひとつです。
抽象画を表現するにあたって、自分の意識にフォーカスすることを心掛けています。「今ここにあること」はとても難しいですが、禅の思想などに触れると、いつも学びがあると感じますね。特に印象的だったのは、17歳の頃に参加した京都の東福寺の修行体験での出来事。そこでは10日間ほど、早朝から夜まで座禅を組み、ひたすら瞑想します。ずっと座って呼吸に集中しようとするんですが、頭の中では走馬灯のように考えごとや過去の記憶が駆け巡ります。なかなか集中できないことに、苦悩したのですが5、6日目に差し掛かると混乱した頭の中はだんだんと落ち着き、1週間ほど経ったとき......それはほんの一瞬の出来事でした。目の前の庭の石や木、隣にいる僧侶と自分、そこにあるすべての存在がひとつにつながったんです。身体感覚を超越した、言葉にできない不思議な感覚でした。
これまでさまざまな作品を制作してきましたが、「円」が作品の主なモチーフになったのは、鎌倉で暮らしはじめた2021年ごろから。「円」は、輪廻転生のようないのちの循環、自然の移り変わりや、時間の流れの変化など、さまざまな巡りを一番シンプルに表した形だと思います。鎌倉はすごく時間の流れがゆっくりしていて、自然も豊か。昔住んでいたロサンゼルスはあまり季節感がないので、より一層自然や季節の流れとともに生きている感覚がありますね。お寺や神社も多く、この土地や生活から作品のインスピレーションが多く得られてます。余談ですが、江戸時代の僧で画家としても知られる仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)の禅画作品『○△□』について、丸は「自然」、四角は「人間」、そして三角は「宇宙」と考える説があるらしく、その考え方も面白いですよね。

1969年カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。ロサンゼルスと鎌倉を拠点に活動。絵画における空間の広がりや精神性を探求し続けている。DIC川村記念美術館(2012年)、ダースト財団(2013年)、セゾン現代美術館(2018年)、マーティン美術館 (2019年)、 銀座メゾンエルメスフォーラ(2023年)、茅ヶ崎市美術館(2024年)など 国内外の多数の個展、グループ展に参加。JP モーガン・チェース・アート コレクション、スペイン銀行、フレデリック・R・ワイズマン財団、森アートコレクション、セゾン美術館、桶田コレクション、東京アメリカンクラブ、植島コレクション、ティファニー&カンパニーなどにコレクションとして収蔵。