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時代と国境を超えた日本の針仕事。「刺し子」が紡ぐ循環の価値観

Index
古いものこそ美しい。イギリスの作り手と共鳴した、日本のものづくりの精神
ボロに宿る日本文化の「美」
農村の女性たちによって紡がれた「津軽こぎん刺し」
「心変わりしたのかな…?」細部から作り手の人間味が感じられるものも
日本の伝統的な布の補強・修繕技法である刺し子。約200年以上前、江戸時代の東北地方で生活の知恵として生まれた刺し子は現在、サステナビリティの観点、そしてその美しさから、国内外で注目を浴びています。なぜ、刺し子は時代を超えて人々を魅了するのでしょうか ?
イギリスを拠点に刺し子を用いたリペアサービスを展開する「Studio Masachuka」の森川真彦さん、伝統工芸品「津軽こぎん刺し」の収集・展示を通じて、その文化的背景を伝える「サントリー美術館」の久保佐知恵さん、お二人それぞれの観点から刺し子の魅力について伺いました。
サステナビリティの重要性が語られるはるか昔に、名もなき作り手たちが生み出した美しい刺しゅう。そこに縫い込まれた思いに触れてみましょう。
トップビジュアル:「東こぎん 着物 一領 江戸~明治時代 19世紀」 / サントリー美術館提供
古いものこそ美しい。イギリスの作り手と共鳴した、日本のものづくりの精神
刺し子とは、農村部を中心に発達した日本の伝統的な布の補強・修繕技法のこと。200年以上前に生まれたこの技術は、着古した作業着や生活用品を繕うために日本の各地で用いられてきました。
実用面での必要性から生まれた刺し子ですが、現代では衣服の補強に加え、装飾技法としても評価され、ファッションやインテリアにも取り入れられています。
森川真彦さんは2012年にイギリスで「Studio Masachuka」をオープンし、自身のブランドを運営すると同時に、刺し子を用いた洋服のリペアサービスを展開しています。2022年には「UNIQLO EU」から洋服のリペアサービスを開始したいと依頼を受け、「RE.UNIQLO STUDIO」として店舗の一角でコラボレーションを開始。同サービスは現在、イギリス、ドイツ、デンマーク、イタリア、スペインの5か国で展開するほどの人気を集めています。ヨーロッパでの刺し子の流行を、森川さんはどのように見ているのでしょうか。
森川さんは、刺し子が海外で注目を集めている理由をどう考えていますか ?

森川さん
刺し子のデザインがファッションとして受け入れられていることはもちろん、サステナビリティの観点から注目を集めているのではないでしょうか。
特に盛り上がりを見せているのがイギリスです。イギリスにはサヴィル・ロウという伝統的なテーラーが集まるエリアもありますし、縫製の技術への感度が非常に高いんです。ヨーロッパでは見られない日本の伝統的なリペア手法が、デザイン、技術、精神性という観点から新鮮に映るのだと思います。

ファッション業界や洋服の作り手など、一部の人たちの間だけで広がりを見せているということでしょうか ?

森川さん
いえ、決してそういうわけではありません。店舗で行うワークショップには多様な方々が参加しており、幅広く受け入れられていると感じます。
イギリスでは『ソーイング・ビー』という裁縫をテーマにしたリアリティショー番組が人気なのですが、以前、この番組で刺し子が取り上げられたことがありました。それを契機に多くの人に知られることになったんです。最近では、日本の方々でも知らないようなマニアックな伝統技術を知っている人も増えています。
日本の伝統的な技術がヨーロッパで受け入れられているというのは面白い動きですね。

森川さん
そうですね。古いものを大切にするという価値観がヨーロッパに根付いていることも、大きな要因だと思います。
日本では新しいものほど価値があり、使用すればするほどその価値が損なわれてしまう感覚があると思います。家が中古になった瞬間に価格が下落するのはその価値観を表す代表的なものではないでしょうか。
一方でヨーロッパではアンティークのように、古いものにこそ高い価値を見出す思想が根付いています。住宅にしても100年以上にわたって修復しながら住み続けていくことが当たり前ですし、古いものに価値を見出すという文化があるんです。
それは洋服においても同様です。すぐに新品に買い換えるのではなく、一着のジャケットを修復しながら着続ける。あるいは、古着に価値を見出し、古い衣服を受け継いでいくということが当たり前に行われています。
RE.UNIQLO STUDIOでは、刺し子の他にも洋服をインディゴの型染めや絞り染めなどでリメイクし、再販するという取り組みも行っています。資源が枯渇し、サステナビリティが問われる時代において、古いものの価値を見直し、そこに付加価値を加えていくビジネスモデルはより重要視されていくと思います。
ボロに宿る日本文化の「美」
サステナビリティや技術的な関心だけでなく、デザイン性が評価されているというお話がありました。具体的にはどのような点に魅力を感じているのでしょう。

森川さん
色あせてボロボロになった古い布に白い糸を刺す。刺し子によって生み出される美しさは、ヨーロッパ的な美意識の「きらびやかな美しさ」とは異なるものです。
日本における「わび」「さび」という言葉が表すように、刺し子には経年劣化により生まれる魅力があり、彼らもそこに「深みのある美しさ」を感じとっているのではないでしょうか。
ただし、刺し子は生活における必要性から生まれたもの。表面的な美しさだけではなく、そうした日本の文化とともに伝えていきたいと考えています。
意匠だけでなく文化的な背景をセットで伝えていくために、森川さんは今後どのような活動を ?

森川さん
2025年の5月にロンドンで「London Craft Week」というイベントが開催されるのですが、私はそこで伝統的な刺し子の一種である津軽こぎん刺しの作品展示や、現代の作家さんを招いたワークショップを企画しています。
津軽こぎん刺しは長い冬、雪の中に閉じ込められる時間の中で生まれたものであり、地域や家系ごとに伝わる独自の紋様が存在しています。それはスコットランドのタータンチェック(スコットランドの伝統的な格子柄で、家紋のように民族のアイデンティティーや一族を象徴する意味合いがある)に通じます。
文化的・歴史的背景を踏まえて、その技術や魅力を説明する。そうすることで、刺し子はもっと多くの人々に伝わっていく可能性があると考えています。
農村の女性たちによって紡がれた「津軽こぎん刺し」
森川さんが語る通り、刺し子は日本の生活環境に深く根ざした技法であり、その歴史的・文化的背景とは切り離すことができないもの。中でも、青森県の伝統工芸品に指定されている津軽の「こぎん刺し」は、厳しい寒さと衣服規制という生活環境から生まれた知と美の結晶です。
ここからは、明治期を中心とする30点の津軽こぎん刺しを収蔵する「サントリー美術館」の学芸員である久保佐知恵さんに、その歴史と魅力について伺います。
「津軽こぎん刺し」とはどういったものなのでしょうか ?

久保さん
津軽こぎん刺しは、青森県津軽地方において江戸時代後期以降、農村の女性たちの手によって作られ、育まれてきた技法です。濃紺や藍色、花田色(薄青色)に染めた麻布に、白い木綿糸で模様を刺していきます。特徴的なのは、麻布の緯糸(織物の縦糸のこと)を奇数目に拾って、緯糸(横糸のこと)に沿って木綿糸を刺していくという点。世界でもまれに見る緻密な技法で、初めて見る方の中には、織機で編んだ織物と見間違える人もいるほどです。
津軽こぎん刺しは明治20~25年頃をピークに一度はすたれましたが、1930年代に民芸運動が盛り上がるとともに再評価され、現在は青森県の伝統工芸品として指定されています。


久保さん
津軽こぎん刺しは、作られている地域や模様構成によって「西こぎん」「東こぎん」「三縞こぎん」の三種類に分けられます。基礎模様は今40種類ほどあり、それらを組み合わせてさまざまな模様を作ります。例えば「テコナ」というちょうちょうの模様や、魔よけやマムシよけの意味を持つ「馬の轡(くつわ)」などが代表的なものですね。
なぜ、このような技法が生まれたのでしょうか ?

久保さん
当時の津軽藩は農民に対して木綿の使用を制限していました。麻は保温性が低く、冬の厳しい寒さを乗り切る衣服としては難があります。そこで麻布に木綿糸を刺しつづることで保温性を高め、同時に補強する方法として生まれたのがその成り立ちです。
津軽こぎん刺しの特徴である「幾何学模様」がなぜ生まれたかについては定かではありません。ただ、津軽こぎん刺しには奇数目で糸を拾うという厳密なルールがあり、そのルールに忠実であることがその美しさを生み出していることは確かです。
「心変わりしたのかな…?」細部から作り手の人間味が感じられるものも
津軽こぎん刺しの魅力とは ?

久保さん
デザインの美しさやそれを生み出す技術の素晴らしさはもちろんのことですが、作品をよく見ていくと、規則性からちょっとはみ出した部分が見られます。例えば「テコナ」というちょうちょうの模様でも、上の部分の糸を減らしたり、下の部分を長くしたりとアレンジを加えたものや、繰り返し同じ模様を指す中で気分が変わったのか、別の模様に変えたような跡が見て取れます。そこに作り手の個性や人間味が見えるところも魅力の一つですね。
津軽こぎん刺しを制作していた女性たちの「とにかく、立派なこぎんを刺すということは、一番の願いでした。」「ただ、刺すだけでなく、よい柄を刺すことに励みました。」(横島直道『津軽こぎん』)といった証言からは厳しい生活の中で、刺すことが自身の喜びだった様子がうかがえます。サントリー美術館が過去に行った展示では、60〜70代の女性の方々から特に反響がありましたが、それはきっと手を動かすことで心が整理され、自分が救われた経験を共有できるからではないでしょうか。

久保さん
また、修繕を繰り返しながら、大切に使用されてきたという点、その作り手の精神性も忘れてはなりません。
袖や裾が擦り切れたら切り取って新しいものに付け替える。汚れた部分は藍色に染め直し、破れた部分には重ね刺しをして補強する。このように、津軽の人たちはさまざまな工夫を重ねながら、津軽こぎん刺しを大切に使い続けてきたのです。

久保さん
青森地方の言い伝えに「小豆三粒包める布は捨ててはならない」というものがあります。布はとても貴重なものであり、ちいさな布切れであっても決して無駄にしてはならないということを表した言葉です。津軽こぎん刺しはそうした時代背景の中で生まれてきた技法であり、当館の収蔵品にも、大切に使い続けられた痕跡が残されています。2025年7月2日に開幕する当館の展覧会で津軽こぎん刺しのコレクションをまとめてご紹介する予定です。ぜひ、実物をご覧になっていただきたいですね。
古きものを愛で、補修を繰り返しながらものを長く大切にする文化は、日本のものづくりにおいて今も広く見出される考え方です。遠く離れた海外でも、こうした文化が受容され、伝わっていくことで、未来の循環型社会のあり方を形作っていく。日本の農村から生まれた伝統的な手仕事が、いま、新しい価値をまとおうとしています。

森川 真彦(もりかわ まさひこ)
イギリス・ロンドンを拠点に洋服の縫製や型紙製作を行うアトリエ「Studio Masachuka」を経営。 UNIQLO EUとともに刺し子によるリペアサービスRE.UNIQLO STUDIOを展開するほか、同社スタッフの修繕技術指導やアップサイクル品の作製などを行う。

久保 佐知恵(くぼ さちえ)
サントリー美術館主任学芸員。早稲田大学大学院文学研究科美術史学専攻博士後期課程単位取得退学。これまでに「没後190年 木米」展、「ざわつく日本美術」展などを担当。専門は日本近世絵画史。
写真提供:Studio Masachuka / ファーストリテイリング / サントリー美術館
※津軽こぎん刺し作品の所蔵先および写真提供は全てサントリー美術館