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伊勢神宮に受け継がれてきた、 古くて新しいサステナビリティの精神

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古くから「お伊勢さん」の愛称で親しまれる「伊勢神宮」(三重県伊勢市)。全国的にも広く知られているこの神社には、1300年以上もの間、脈々と受け継がれてきた神事があります。それが「式年遷宮」です。20年に一度社殿を新しく造り替える儀式で、2033年には第63回目を迎えます。古い形態を保ちながら新しくあり続ける営みには日本の精神文化にも通じる「常若(とこわか)」という考え方が込められており、現代のサステナビリティとも深く共鳴します。先人たちは式年遷宮にどんな意義を見出し、なぜ何世代にもわたってこの伝統を守り続けてきたのでしょうか。その本質をたどると、日本発の循環型社会を築いていくためのヒントが見えてくるかもしれません。
およそ8年がかりで執り行われる、伊勢神宮最大の神事
伊勢神宮で脈々と受け継がれてきた「式年遷宮」。「遷宮」とは「宮地を改め、新しい社殿を造営して神さまを古い正殿から新しい正殿に遷す」こと。「式年」は「定められた年」を意味しています。約1300年の歴史があるこの神事ですが、執り行われるようになった理由は、今もって謎のまま。伊勢神宮に関する著書をいくつも執筆する文筆家・千種清美(ちくさきよみ)さんは「時代背景からその理由を読み解くこともできる」と話します。

千種さん
式年遷宮は天武天皇のご発意によって制度化されました。当時は中国大陸の文化が次々と流入していた時期で、国が大きく揺れていたんです。激動の時代の中で、国を統率するために何ができるのか──。その答えとして導き出されたのが、式年遷宮という国家プロジェクトだったのではないでしょうか。

式年遷宮はいわば“神さまのお引越し”……。そう聞くと簡単に感じられますが、準備はとても大がかり。正殿が新たに造営されるほか、別宮や鳥居といった170の建物がそっくりそのまま造り替えられます。準備期間だけで8年もの歳月が費やされ、その間、30以上の神事や行事が行われます。

数ある神事の中で、千種さんが「とくに印象に残っている」と話すのは、御用材(神殿を建設するための建材)を切る「御杣始祭」(みそまはじめさい)です。このとき伐採されたひのきは、御神体を納める器に使われます。

千種さん
伐採された切り株に梢(こずえ)の小枝が挿してあったんです。気になって、杣頭(そまがしら)に尋ねると「山から木を一本いただいたので、山の神への感謝のしるしです」とのこと。日本人の自然への信仰が、今もこうして現代にも受け継がれていることを知り、胸が熱くなったことを覚えています。
あえてこわれやすい材料を使って、「常若」の精神を体現する
ギリシャのパルテノン神殿やエジプトのピラミッドなどの遺跡と比べて、伊勢神宮の社殿はその対極にあるかのように、実に簡素なたたずまいです。正殿に用いられている木材はひのきとかやが中心で、建築様式は高床式穀倉から発展した「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」。木造部分は自然の状態に近い素木(しらき)を使い、屋根はかやぶきで本を開いて伏せたような形状をしています。加えて、土台となる礎石を据えず、支柱は直接地面に埋め込む掘立式。パルテノン神殿やピラミッドと比べると、どこか心もとない印象すら感じる向きもあるかもしれません。

耐久性の低い材料を使い、造り替えては解体し、造り替えては解体し……。一見すると手間ばかりかかり、非効率だと思われるかもしれません。しかし、この営みには神道に伝わる、「常若」と表現される特別な精神が息づいており、重大な意義を持っています。

千種さん
「常若」とは、常に若々しくあることを意味します。これは年齢的な若さではなく、いつまでもみずみずしい精神の在り方を指しているのだと思います。新しい正殿に神さまをお祀りして、大いなる力を蓄えていただく。そんな思いが根底にあるのではないでしょうか。また、神社の一日が掃除からはじまるように、神道ではけがれのない清浄な空間を尊ぶことも関係しているのかもしれません。
式年遷宮は、戦国時代の混乱の中で途絶えかけたことがありました。およそ130年間中断されたのち、安土桃山時代に再興。その後、太平洋戦争の影響で4年間の延期を経たものの、現代まで滞ることなく執り行われています。

千種さん
100年以上も中断しながら、よく再興できたものだと感服します。ただ、中断していた時期も修復や修繕などをしながら仮殿遷宮を行い、しのいできたようです。
中断していた時期があったとしても、1300年間も絶えることなくこの儀式が現代に至るまで続けられているのは、比肩するものがない、人類の文明史の中でも特筆すべきことです。なぜ、先人たちはこれほどまでに「造り替える」ことを重視していたのでしょうか。

千種さん
言葉で説明するのは難しいのですが……。私の場合は「宇治橋」の「宇治橋渡始式(うじばしわたりはじめしき)」で、式年遷宮の本質に触れた気がします。宇治橋は内宮(ないくう)へと通じる橋で、式年遷宮にともない架け替えられます。その架け替えられたばかりの宇治橋を渡ったとき、ふわっと木の香りに包まれて、心が清められたような感覚を覚えました。辺りは澄んだ空気が満ちており、自然と笑顔がこぼれるほどの清々しさ。新しいものに触れたときに湧き上がる、このポジティブな気持ちを昔の人たちも感じとっていたのではないでしょうか。

伊勢神宮の建築物は20年後の生まれ変わりが約束された状態で建てられます。この永続性こそ常若の象徴であり、私たちに過去・現在・未来が一続きであることを教えてくれます。
なんだか厳かな雰囲気がありますが、私たちの暮らしに目を向けると、意外と身近に感じられるはず。例えば、桜は咲いては散り、また翌年も変わらず美しく花を咲かせます。田んぼの稲も一度刈り取られたあと、新しい苗が植えられ、次の実りへとつながっていきます。こうして古いものが新しいものへと受け継がれていく営みが「常若」の精神そのものなのです。
伊勢神宮の長い歴史は、水の循環とともにある
式年遷宮の造り替えには、およそ1万3000本分のひのきが御用材として使われます。いずれも神宮技師が厳選した一級品で、大小さまざまな部材に製材。その数はなんと10万点に及ぶともいわれています。

千種さん
造営には木と木をパズルのように組み合わせる伝統工法「木組み」が用いられるので、くぎはほとんど使いません。くぎを使わないことで解体がしやすくなり、正殿の本格的な建築の前には仮組みも行われています。これはリサイクルしやすい工法といえるのではないでしょうか。

古い建物を解体して出た古材は、できる限り再利用されます。例えば、外宮(げくう)と内宮の正殿の太い柱は宇治橋の鳥居に。さらに20年後には、それぞれの鳥居が「七里の渡し」(三重県桑名市)と「関の追分」(三重県亀山市)の鳥居として再利用されます。

千種さん
伊勢神宮は、1000年以上も前からリサイクルやサステナブルを実践していたわけです。古材を譲り受けた神社を巡るのも楽しみの一つ。仕事柄、神社を取材することも多いのですが、訪れるたびに伊勢神宮とのつながりを調べてしまいます。
さらに千種さんは「伊勢神宮の歴史は『循環』とともにある」と語ります。その象徴とも言えるのが、社殿の後方に広がる「宮域林」です。東京の足立区がすっぽり収まるほどの広大な森林で、伊勢市の4分の1を占めています。立ち入り禁止のエリアも多く、その中には神域も少なくありません。手つかずの自然が残っており、多様な生態系が築かれています。
この宮域林に雨が降ると、雨水が土壌に染み渡り、やがて一級河川の五十鈴川へ。川の流れは多くのミネラルとともに伊勢湾へと注ぎます。そして、海から上がった水蒸気が雨雲となって、再び宮域林を潤すことに。この水源を生かして、伊勢神宮ではお米や野菜などを栽培しています。


千種さん
神さまに捧げるお米や野菜などの供物は、基本的に自給自足なんです。また、伊勢湾でとれた海の幸も御神前に供えられます。だから、神事を継続するためには、森と水を守ることが不可欠なんです。
伊勢神宮は、御用材のひのきを自給自足するために宮域林の保全・整備を進めています。もともと宮域林では御用材が切り出されていましたが、資源が枯渇したため、江戸時代以降は木曽(岐阜県・長野県)の山々に場所を移しました。
宮域林を管理するための「神宮森林経営計画」が立ち上がったのは、1923年のこと。ひのきを一から育成する取り組みですが、社殿の柱になるように立派に成長するまでには200年もの歳月が必要です。現在は計画の折り返し地点にあり、間伐や植樹などが定期的に行われています。
ゴールまであと100年──、もはやひと世代、ふた世代では足りないくらい気の遠くなるような話です。今、苗木を植えている人たちがゴールを見届けることはありません。加えて、良材に育つ苗木は全体のごく一部に過ぎません。
100年前の人たちが未来に託して苗を植えたように、現在の取り組みもまた、100年後の森を支えることになります。この地道な取り組みが実を結びはじめており、前回の式年遷宮では宮域林のひのきが御用材の一部に使われました。

「変わらないために変わり続ける」という独自の価値観を貫く式年遷宮と、自然界の絶え間ない循環。どちらも清らかさを生み出す壮大な仕組みであり、深く共鳴し合っています。その背景に目を向けると、千種さんの「自然そのものが伊勢神宮の源になっている」という言葉の重みがより深く心に響いてきます。式年遷宮が1300年以上にわたって受け継がれてきたのは、先人たちがこの営みの中に自然との調和を感じ、普遍的な安心感を抱いていたからなのかもしれません。
先人から引き継いできた「常若」の精神。循環型社会への転換が世界的に求められる現代において、日本発の独自の哲学と実践として新たな意義を生み出し、輝きをまとっていくことになります。

千種清美(ちくさ・きよみ)
三重県津市生まれ。NHK津放送局630ニュースアシスタント、三重の地域誌『伊勢志摩』編集長を経て文筆業に。伊勢神宮、祭り、歳時記といった日本文化についての講演や執筆活動を行う。新幹線車内誌『月刊ひととき』に「伊勢、永遠の聖地」を8年間にわたり連載。著書に『常若の聖地、伊勢神宮』(ウエッジ)、『永遠の聖地、伊勢神宮』(ウエッジ)、『三重 祭りの食紀行』(風媒社)、『女神の聖地、伊勢神宮』(小学館新書、全国学校選定図書)、『伊勢神宮式年遷宮参拝ガイド』(ワニブックス)などがある。