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「いつか廃棄される日」を想定して家を設計する。 “分解者”目線の建築家に学ぶ、循環の環(わ)

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循環型社会への転換を考えていく上で、「住宅」は大きなポイントのひとつです。ひとたび建て替えたり解体したりすると、大量の廃棄物を生み出してしまいます。本来であれば、住む人が変わっても、住宅は長く引き継いで大切に使っていくのが理想ですが、欧米諸国と比べて日本では新築の戸建て住宅が選好されがちです。近年では若者による中古住宅購入数は増加傾向にあるようですが、中古住宅の市場の整備はまだまだ道半ば。持ち主が亡くなって使われないまま空き家になっている住宅の扱いも、多くの自治体を悩ませています。そうした中で、少し違った視点から、住宅由来の廃棄物を減らそうとする取り組みが進められています。
東京都品川区のとある住宅街に、イエローに塗られたひときわ目を引く建物があります。その名は「西大井のあな」。建築家の能作文徳さんと常山未央さんの自邸兼事務所です。もともとは中古住宅でしたが、ふたりの手による大規模改修を経て、設計事務所・ゲストルーム・住まいが一体となった建物に生まれ変わりました。
よくあるリノベーション事例かと思いきや、さにあらず。特筆すべきは「いつか廃棄される日」を想定して設計されていること。しかし、その設計思想は決してネガティブなものではありません。循環の環(わ)をつなげるために、再利用した廃材を随所に取り入れているのです。取り組みの根幹にあるのは、ふたりが提唱する「アーバン・ワイルド・エコロジー」。そこには、循環型社会を実現する上でのさまざまなヒントが示されていました。

コンポストの中の営みから循環を学ぶ
そもそも「アーバン・ワイルド・エコロジー」とは、どのようなビジョンなのでしょうか。提唱者のひとりである能作さんにお話を伺いました。
「アーバン(都市)は人工的な環境を指し、ワイルド(野生)は人間が手をつけていない自然の状態を指しています。過剰に人工的な環境から一歩引いて、生態系のもつ力や野生的な力と共存する居場所をつくることがアーバン・ワイルド・エコロジーの目指すところです」

そう話す能作さんは、「アーバン・ワイルド・エコロジー」の一環として事務所のそばにコンポストを設置しています。中にはミミズや微生物などが生息しており、ちいさな生態系を生み出しています。
「コンポストに生ごみを入れるとミミズや微生物が食べて分解し、ふんを出します。ミミズのふんをさらに微生物が分解し、栄養価の高い堆肥になります。世間的にはごみだと思われているものを活かし、共存することが私の考える循環型社会。ここ最近は循環型社会がファッショナブルに語られることも少なくありません。しかし、コンポストの中で営まれているような、必ずしも清潔で美しいとはいえない“ダーティーな”世界を受け入れてこそ、エコロジーの本質が見えてくるのではないでしょうか」

“分解者”の目線で見て、家を設計する
「西大井のあな」にはじまり、「不動前ハウス」(東京都)や「高岡のゲストハウス」(富山県)など、能作さんや常山さんは捨てられそうな材料を資源として再利用した建物をこれまでに数多く手がけてきました。
「私たちは循環型社会を意識して活動していますが、かといって、よく耳にするアップサイクルとも異なる感覚があって。私たちはむしろ、生態系における“分解者”、つまりコンポストの中のミミズに近い立場だと思っています」
能作さんは、建築家である自身が廃材を取り入れて新しい建物を作り出すことを、ミミズや微生物が落ち葉や動物の廃棄物を分解して土の栄養とすることに見立てているのです。

能作さんの取り組みの原点をたどると、富山県高岡市にある「高岡のゲストハウス」に行き着きます。もともとは、能作さんのおばあさんが住んでいた築40年の木造家屋。能作さんの設計のもとに2010年から改修が行われ、6年間かけておばあさんの住まい・食堂・ゲストルームの三区画に再構築されました。
「設計するときは、家族との思い出やまちの風景をどのように継承していくべきなのか?と悩みました。新品の材料ではもとの家屋の雰囲気が出せないので、例えば障子とか欄間(らんま)などは再利用しています。古いものや思い出の詰まったものを残していくことの大切さに気づいたのは、このときからです。そこから発想を展開して、建物もまた物質の流れ、いわゆるマテリアルフローの一部にあるのだと考えるようになりました。調達した材料を組み立て、建物をつくる。そして、建物はやがて朽ちてごみになる。こうした物質の流れを強く意識するようになったんです」
能作さんが建物の改修に生分解性材料を優先的に使うのも、マテリアルフローを意識してのこと。生分解性材料とは微生物によって分解される材料を指し、代表例として木材や藁(わら)などが挙げられます。
「廃棄物として役目を終えるのではなく、いずれ土に還っていく材料を使いたい。そう考えると、材料選びは慎重になりますし、結果的に植物由来の材料を使うことが多くなります。新築の設計をするときも、土中環境に配慮したり、生分解性材料を取り入れたりするようになりました」
自分たちの手で作る、循環する家「西大井のあな」
2024年1月、能作さんは常山さんとの共著『アーバン・ワイルド・エコロジー』(TOTO出版)を刊行。2人が手がけてきたプロジェクトの制作記録ともいえる一冊で、そこにはもちろん「西大井のあな」のこともつづられています。
「『西大井のあな』の命名の由来は、部屋の一角に地下1階から4階までつなぐ穴を開けているから。穴は屋根の窓から降り注ぐ自然光を取り入れるためでもあり、暖かい空気を建物全体に循環させるためでもあります」

「西大井のあな」は実験の場としても機能しており、循環型社会を見据えたアイデアが、そこかしこにちりばめられています。ここで得た経験をほかのプロジェクトに活かしたり、あるいはほかのプロジェクトで試した工夫を取り入れてみたり。そこで、実際に「西大井のあな」で実践していることを聞いてみました。
「なるべくコストを抑えて、自分たちでできることは自分たちでやるように改修を進めています。1階の床や壁の材は、私たちが参加した展覧会で使われていたスギやヒノキの廃材を再利用したものです。壁の断熱材には、木のくずを圧縮したウッドファイバーを使っています。業者に型落ちになった断熱材がないか問い合わせたら、『運送料だけ払ってくれればいいから』と、ゆずってくれました。本来であれば、石油を原料にした断熱材を使うのが一般的なんですが、それだと『土に還る材料』というテーマにそぐわない。そのほか、ソファ用のサイドテーブルの脚も元は廃材です。常山の実家の近くにあった桜並木が伐採されることになったとき、焼却処分される前に丸太をいただいたんです。そのほか、細かい工夫がいろいろあって、余った布を階段の手すりにしたり、窓に障子を取り付けて内窓代わりにしたりしています」
1階に設置しているペレットストーブにも、能作さんのこだわりがあります。粉砕した木くずを圧縮成形した木質ペレットを燃料にするペレットストーブは、薪(まき)ストーブと比べて煙が少ないのが特徴。能作さんは、屋根の上まで煙突を伸ばす必要がない機種を使用しています。
「エネルギー効率だけでいうと、ストーブよりもエアコンの方が優れているのかもしれません。けれども、私たちが日ごろ当たり前のように使っている電力は化石燃料を燃やして得られる部分が大きいものです。その背景に目を向けると、エアコンに頼りすぎる生活には少し抵抗があります。同じ理由から、ソーラーパネルを利用したエネルギーの自給自足にも挑戦しているところです」

“厄介者”を“仲間”と捉えるところから、循環型社会がはじまる
簡単な仕組みで自作した内窓など、「西大井のあな」にはすぐにでも実践できる工夫が多く取り入れられています。DIYの経験や建築の知識がないビギナーにとっては、最初の一歩を踏み出すきっかけになりそうです。
「私たちは、取り立てて難しいことをしているわけではありません。やる気さえあれば誰にでもできることばかりやっているんですよ。アマチュアと専門家の中間くらいを狙って、アイデアを提案するように心がけています」
さらに、能作さんはアクションを起こし続けるためには、ふたつのポイントがあると続けます。
「ひとつ目は、楽しんで取り組むこと。楽しむことは、ものごとを進める上で一番重要な要素です。一方で、時間的な余裕がなくては継続もままなりません。ですから、暇をつくることがもうひとつのポイントだと思います。活動を続けていると必ず“厄介者”が出てくるので、時間を捻出する必要があるんです」

能作さんにとっての厄介者は、『土』や『火』だといいます。こまめに雑草を抜いたり、土をかきまぜたり、といった土壌管理や、使うたびに掃除をしなくてはいけないペレットストーブはなにかと手間がかかると能作さんは話します。ときには仕事とてんびんにかけなくてはならないこともあるけれど、厄介者と向き合うために、いかにして時間をつくるかを考えてメンテナンスを続けているそうです。
「多忙な現代人にとってメンテナンスフリーであることは魅力的に映ります。しかし効率化を求めすぎてしまうと、自分でものをつくったり、修繕したりする力が奪われてしまいかねません。『メンテナンス』とはただの面倒な手間ではなく、野生と対話し共存する行為なのです」

「長く管理していると、やがて土や火に愛着が芽生えて仲間のように思えてくるから不思議です。人間が中心にいるのではなく、土や植物、ミミズが仲間。そういう感覚が生態系を維持していく上で大切なのだと思います」
家がいつか廃棄される日を想像し、次のものに生まれ変わるように設計する。能作さんの自然と一体化した視座は、家づくりに留まらず、あらゆる「ものづくり」にも応用可能のはず。さまざまな物質の循環を可能にするためのひとつの興味深い指針を示しているとも言えるのではないでしょうか。

能作文徳(のうさく ふみのり)
1982年富山県生まれ。2005年東京工業大学卒業。2007年同大学院修士課程修了。2008年Njiric+ Arhitecti(クロアチア)研修。2010年より能作文徳建築設計事務所主宰。2012年東京工業大学博士(工学)取得。2012~18年東京工業大学助教。2018~21年東京電機大学准教授。2021~24年東京都立大学准教授。2023年コロンビア大学特任准教授、ミュンヘン工科大学客員教授。現在、東京科学大学(旧・東京工業大学)准教授。
写真:小林茂太 / トップ写真:Ryogo Utatsu