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ワカメや昆布の仲間を活用した「藻類バイオマスエネルギー」ってなんだ?
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水中に生息し、光合成を行う生物「藻類」。いかにも地味な存在ですが、長い時間をかけて地球の大気に酸素をもたらし、生命の発展を支えた立役者でもあるのです。近年は藻類が持つオイルを活かした、バイオマスエネルギーの開発も活発になっています。
藻類学者であり、藻類産業創成コンソーシアム理事長でもある渡邉信さんは約20年以上にわたり「藻類バイオマスエネルギー」の実用化に向けた研究をしてきました。乗り越えなければならない課題も多く、決して平坦な道のりではありませんが、藻類バイオマスエネルギーの可能性を信じ、研究を続けています。渡邉さんへのインタビューを通じて、藻類の持つ可能性に目を向けてみましょう。
本記事では、地球のいたるところに存在する藻類の3DCGアニメーションをビジュアルアーティストのTakuma Nakataさんに制作していただきました。あなたの身近なところに存在している藻類が、バイオマスエネルギー発展の立役者になるかもしれません。
バイオマスに利用される「藻類」ってなに?
はじめに「藻類」について教えてください。
渡邉さん
ざっくり定義すると「主に水中に生息し、光合成を行う陸上植物以外の生物」の総称です。根・葉・茎の区別がない点も特徴といえます。
藻類はみなさんの生活のいたるところにあふれており、身近な例でいうとワカメや昆布などが挙げられます。これらは大型の部類ですが、中にはうんとちいさな「微細藻類」という種類も存在します。大きさでいうと数µm(マイクロメートル※)から数100µmほどで、顕微鏡を使わないと観察できません。
こうした定義や特徴に必ずしも当てはまらない種類がいることも藻類の面白いところ。何しろ、自然界には30万から1000万種の藻類がいると考えられており、そのうちの4万種しか存在を把握できていないんです。
では、これら藻類を利用した「藻類バイオマスエネルギー」について教えてください。
渡邉さん
「藻類バイオマスエネルギー」は、藻類の細胞内に含まれているオイル(バイオ原油)を活用した再生可能エネルギー。化石燃料の代替エネルギーとして世界中で注目を集めています。
藻類バイオマスはカーボンニュートラルの面でも有効です。というのも、藻類は光合成をする際に大気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を放出するからです。このため、エネルギーとして燃焼させても、トータルでみればもともと光合成で吸収したCO2が排出されるわけですので、カーボンニュートラルとなります。
「バイオマス」と聞いて、トウモロコシを使った「穀物バイオマス」を連想する人も多いでしょう。一時期話題になっていましたが、穀物バイオマスは食品利用と競合してしまい、穀物をエネルギーとして利用した分、食料としての穀物が供給できなくなってしまう。そうなると、価格高騰のリスクにつながります。ですが、藻類バイオマスはそのような問題は起こりません。
また、オイルの生産性においても、藻類バイオマスは穀物バイオマスよりも優れています。例えば、生産量で見てみるとトウモロコシの場合は、1ヘクタールで年間172Lのオイルが生産できます。これに対して、藻類は理論上年間136,900Lのオイルを生産できます。これらの数値はあくまでも一例ですが、藻類が桁違いにオイル生産効率が高いことは確かです。我々が進めているプロジェクトは下水処理場で藻類を培養する仕組みなので、新たに藻類培養廃水処理施設をつくる必要がありません。そのため、生産にかかるコストを低下させることができます。
藻類から地球の成り立ちが見えてくる
なぜ、渡邉さんは藻類バイオマスを研究しようと思ったのですか ?
渡邉さん
順を追って説明すると、最初の入り口は藻類全般の研究でした。かれこれ50年近く研究を続けていますが、藻類はみなさんが思っている以上に奥が深く、魅力あふれる生物です。世間から注目を集めることは滅多にありませんが、藻類が存在しなければ、いまの私たちの生活もなかったかもしれません。
なぜなら、地球の大気は藻類によってつくられたものだからです。いまからおよそ45億年前、地球の大気は二酸化炭素が大部分を占めていました。しかし、約35億年前にはじめて光合成をする藻類「藍藻」が現れ、状況が変わります。藍藻が光合成を繰り返すことで、地球の大気に酸素が蓄積され、やがてオゾン層が形成されます。これにより有害な紫外線がカットされ、生物は陸上に進出できるようになったのです。
藻類を研究すると地球の成り立ちが見えてくる…… ?
渡邉さん
おっしゃるとおり、藻類の研究なくして、地球環境にまつわる諸問題は解決できないと考えています。つまり、藻類が地球の未来を握っている、と。これだけ研究しがいのあるテーマがほかにあるでしょうか。とても「ロマン」の一言では言い表せませんよ(笑)。
藻類バイオマスの研究に着手したのは、2005年頃からです。その前年あたりから石油の価格が高騰しており、「石油資源が枯渇するのでは」と声高に叫ばれていました。そこで代替資源を確保しようと、トウモロコシやサトウキビ由来のバイオマスが取り沙汰されるようになりました。しかしながら、穀物バイオマスは食品利用との競合がネックになる。あれでもない、これでもないと世界各地でさまざまな原料が検討されるなかで、最終的に残ったのが藻類バイオマスだったのです。
とはいえ、日本国内ではほとんど開拓されていない分野でした。それならば、私たちがその先駆けになろうじゃないかと本格的に動き出したのです。
海外でも藻類バイオマスの研究が進んでいるそうですね。
渡邉さん
藻類バイオマスの研究に最初に取り組んだのはアメリカです。1970年代の第一次オイルショックをきっかけとし、アメリカのエネルギー省が「藻類からバイオ燃料を」というプロジェクトを立ち上げたのです。
それから18年間ほどプロジェクトが進められましたが、結局、原油価格が安値で安定し、研究は一時失速してしまいました。大手の石油会社エクソンモービル社は、巨額の予算を投じて藻類バイオマスの研究を進めていましたが、2013年の時点で「実用化にはあと25年かかる」と公言しています。
近年は、中国で藻類バイオマスの研究が進んでおり、存在感を高めている印象です。しかし、実用化はたやすいことではありません。我々のプロジェクトにも当てはまりますが、生産コストの高さをどうクリアするかが大きな課題となっています。現在の原油価格が1L約80円なので、少なくとも同程度の価格まで抑えなくてはいけません。たとえ実用化にこぎつけても、1Lあたり500円になってしまうのであれば高すぎて誰も利用してくれませんしね。
藻類で日本の原油輸入量と等しいエネルギーが生み出せる?
渡邉さんが進めているプロジェクトはどういったものなのでしょうか ?
渡邉さん
下水処理場を利用して、藻類のオイルを生産するプロジェクトを進めています。下水には、有機物や窒素、リンが大量に含まれています。これが藻類にとって格好の“エサ”になります。藻類は光合成を繰り返しながら、“エサ”を食べて増えていきます。この過程によって下水が浄化されるので、有機物や窒素などを取り除くコストが大幅に削減できます。
つまり、藻類の大量培養と下水処理を一体化させる一石二鳥の仕組みというわけです。このプロジェクトはカリフォルニア大学バークレー校の研究がベースにあり、計算上では原油と比べて低コストでオイルが生産できることが示されています。
説明するまでもなく、下水処理場は私たちが生活する上で欠かせない施設です。日本には2,000か所以上の下水処理場が点在しており、これらの3分の1の処理場で藻類を培養すれば、日本の年間原油輸入量に相当する1億3,600万トンのオイルが生産できることがわかっています。こうして大量培養した藻類をペレット状に濃縮し、高温・高圧処理を施してオイルに変換する流れです。
先ほど、藻類は4万種の存在が確認されているとおっしゃっていました。渡邉さんのプロジェクトにはどのような藻類が利用されているのでしょう。
渡邉さん
プロジェクトがスタートした当初は「ボツリオコッカス」と「オーランチオキトリウム」で進めていました。藻類のオイルは一般的に食物油に近い成分なのですが、これら二種が多くつくりだすのは石油の主成分にあたる「炭化水素」のオイルになります。抽出したオイルは、ほぼそのままの状態で燃料に使えるすぐれもの。おまけに培養しやすく、オイルの生産性も高い。いわば、ボツリオコッカスとオーランチオキトリウムは“エリート藻類”というわけです。
しかし、プロジェクトを進めていくなかで、弱点も見えてきました。二種の“エリート藻類”は環境の変化を受けやすく、とくに気温が低く寒い地域では増殖のスピードがガクっと落ちます。好ましい環境を維持しようと思ったら、ランニングコストが余計にかかってしまいます。ラボ内で管理する分には問題ありませんが、プラントをつくってオイルを安定供給するとなると現実的とはいえません。
そこで、我々は下水処理場の周辺に生息するさまざまな藻類で構成される“土着藻類”に着目しました。“土着藻類”は土地ごとの気候や環境に適応しています。それならば、季節を問わず培養できるのではないか、そう考えたのです。
そして、実証実験を行ったところ予想が的中。一年を通して、安定して増殖したのです。それ以降、 “土着藻類”を使ったポリカルチャー(多種混合培養)でプロジェクトを進めています。
藻類研究の行き着く先は世界平和?
2022年に、渡邉さんのプロジェクトが国土交通省の「下水道応用研究」(下水道革新的技術実証事業)にも採択されたようですね。
渡邉さん
決まったときは「やっと下水道行政を行う国に認めてもらえたか」と、胸を撫でおろしましたよ。国交省から出た予算は、茨城県にある小貝川東部浄化センターでの実証実験にあてました。これは下水中の汚濁物を取りのぞいた一次処理水を使って、藻類を培養する試みです。100Lの容器を用意して、自然に近い状態でどこまで増えるのかを検証しました。この実験により、光が水中に届きにくい容器でも藻類が増殖することがわかりました。
増殖した藻類を、水熱液化装置で高温高圧下で10~30分程度処理すると、藻類有機物の50%程度がバイオ原油に変換されます。この原油が原油精製会社の技術により燃料として生産されることになります。このプロジェクトは我々だけの力ではなく、石油精製企業や下水処理場の協力があってこそ成り立つものです。今後はさらに規模を拡大して実験を行っていく予定です。それにともなって、高温・高圧処理するための水熱液化装置を大量に調達する必要があるでしょう。
これだけ藻類のことを考えていると、愛着が芽生えてきそうですね。
渡邉さん
藻類とは半世紀近い付き合いですからね。もはや、人生のパートナーのようなものです(笑)。研究は苦労が絶えませんが、好きだからこそここまでやってこれました。
藻類は世界中のいたるところに生息しています。また、下水処理場は生活に欠かせないインフラとして世界各地に存在します。これらをふまえると、我々のプロジェクトは日本のみならず、海外でも再現が可能だといえます。依然として生産コストの課題は残りますが、もし実用化できれば、エネルギー資源の供給に大きなインパクトをもたらすことができるのではないでしょうか。そうすれば、エネルギー資源をめぐる紛争も回避されることでしょう。
つまり、藻類が世界平和に役立つかもしれないんです。壮大なスケールですが、藻類が持つ可能性を考えたら、あながち夢物語ではありません。
渡邉 信(わたなべ まこと)
1948年宮城県生まれ。71年東北大学理学部生物学科卒業。北海道大学大学院理学研究科博士課程修了。国立環境研究所生物圏環境部長、筑波大学生命環境科学研究科教授などを経て、現在、藻類を利用したバイオマスエネルギーの研究に従事。2010年に有志とともに藻類産業創成コンソーシアムを立ち上げ、理事長を務める。現在、新たに立ち上げたベンチャー企業であるフィコケミー株式会社にてCEOを務める。
3DCGアニメーション:Takuma Nakata