Feature
おいしいワカメを守るため。味噌汁からはじまる藻類ストーリー
日本人にとって日常の食卓に並ぶ最も身近な海藻といえば、ワカメ。そんなワカメに、実はいま、ひそかに危機が迫っています。その背景には、地球環境の異変が… ? 一杯の味噌汁からはじまる、ちょっと不思議な冒険ストーリーを読みながら、藻類について学んでみましょう。
登場人物
まよちゃん
小学校5年生の女の子。ちょっと食いしん坊で、お母さんが作るお味噌汁に入ったワカメが大好き。思い込んだら、のめりこんじゃうタイプ。
そうるい博士
藻類を研究していて、海藻のことも時に詳しすぎる解説を丁寧にしてくれる。
ワカメン
ワカメの妖精 ? 正体不明。感情の動きがどうも人間とは違う様子。
まよちゃんは、ちっちゃい頃から、ワカメが大好物。大好きなワカメのことを、もっとよく知りたい ! 選んだ夏休みの自由研究のテーマも、ワカメ。
まよ
ワカメの何を調べようかな ? だいたいワカメって、何なんだろう ? はっぱ ? くらげの仲間 ? よく考えると、分からないことばっかりだなあ
なかなか研究は進みません。夢にまでワカメが出てきて、まよちゃん、最近はちょっと寝不足気味の様子。
まよ
とりあえず、お味噌汁のワカメを食べてから考えよっと
夏休みも半ばを過ぎた、ある日の晩ご飯どき。いつものようにお椀をすすっていると、どこからともなく、ちいさな声が聞こえてきました。
謎の声
まよちゃん……タス…ケテ…
まよ
え ! 何 !?
じっと耳を澄ませてみると、その声はなんと、お味噌汁の中から聞こえてくるようです。
まよ
誰なの ? 何が起こっているの ?
まよちゃんがのぞき込むと、あら不思議。どんどん体がちいさくなって、お椀の中に吸い込まれていくではありませんか。
まよ
えぇー、どうなってるの~
味噌汁の中に吸い込まれていった、まよちゃん。気付くと、そこには人影らしきものが…。
まよ
ここはどこ ? そして、あなたたちは…!?
そうるい
博士
ここは海の中。わしはそうるい博士じゃ !
ワカメン
ぼくの名前はワカメン。まよちゃん、来てくれてありがとう ! 実はぼくたち海藻がピンチなんだ !
そうるい
博士
まよちゃんには、ワカメンの声が聞こえるんだね。まよちゃんの力を貸してくれるかい ?
まよ
も、もちろん !
そうるい
博士
さて、まずは問題じゃ。まよちゃんはワカメとメカブの関係について知っているかな ?
まよ
親戚みたいなもの ?
そうるい
博士
惜しい ! 正解は、メカブはワカメの一部分。ワカメの根と葉の間にあるヒダを、メカブと呼ぶんじゃよ
まよ
そうだったんだ !
●博士のワンポイント藻類
ワカメの根と葉の間のヒダ、メカブには遊走子(ゆうそうし)と呼ばれる胞子の一種が1億個以上含まれています。遊走子はべん毛を持っていて、水中を自由に泳ぐことができます。遊んで走るこどものように、ワカメにも海中を泳ぐ時期があるのです。遊走子が泳いで岩に付着すると、微小な配偶体(はいぐうたい)となり、夏から秋の高い水温と、藻食(そうしょく)動物の食害の影響をやり過ごします。水温が低下する冬に雌の配偶体に卵が、雄の配偶体には精子ができ、受精してワカメの赤ちゃんが誕生します。ワカメは春にかけて伸び、遊走子を放出して、初夏までにすべて枯れます。
まよ
へー、ワカメの一生って、こんななんだね。一人っ子を大切に育てればいいのに、なんでワカメンはひとりで1億個も種(たね)を産むの ?
ワカメン
ぼくたちは高い水温に弱いし、おいしいのでウニや魚に食べられてしまうから、最終的にはふたりくらいのこどもしか生き残れないんだ。だからたくさん産んでおくんだよ
まよ
そうなんだね...。ところでワカメン。「タスケテー」って声が聞こえたけど、あれはどういうこと ?
ワカメン
このままだと、ぼくたちは、海にいられなくなってしまうかもしれないんだ…
そうるい
博士
いま、海の温暖化によって、水温が低くなるはずの冬から春でもウニや魚が活発に海藻を食べるようになってきているんじゃ。藻場(もば)と呼ばれるワカメンたちのすみかは、どんどん失われつつあってな。すでに海藻が一本も生えていない、砂漠のような景色が広がっている海もあるんじゃよ
●博士のワンポイント藻類
藻食動物の食害による藻場の衰退を「磯焼け」といいます。「磯焼け」が進む過程でも、10〜15年の間はワカメが増えることがあり、藻場が戻ってきたように錯覚することがありますが、それはあくまでも一時的なもの。藻場がなくなる前兆現象で、その後、結果的には海藻が生えない海になってしまいます。
ワカメをはじめとする海藻は、多くの二酸化炭素を吸収し、酸素を作り出すことで海藻の水質浄化に大きな役割を果たしています。また、魚の産卵場や隠れ蓑となったり、魚の食料として食物連鎖の土台となるなど、水生生物の生活を支えています。磯焼けによって海藻が減少すると、地球のあらゆる生物にとって危機的な状況になりかねないのです。
まよ
もしかして、もうワカメを食べられないってこと ? そんなのイヤだよ…
そうるい
博士
そういうことではないんじゃよ。まずはワカメたち海藻のことを、もっともっと深く知ってほしいのじゃ。藻場のある環境を守ることは、地球環境全体を守ることにもつながる。ひとつの種だけを守るのではなく、生物全体にとってよりよい行動を取ることが大事じゃと思うぞ
ワカメン
どんどんゆでて、どんどん食べて、どんどん養殖して、そしてもっと食べてね !
まよ
(どういう感情なんだろう…)
●博士のワンポイント藻類
スジアオノリのピザやアイス、トサカノリを使ったチョコレート、海藻の醤油とワイン。これらは、「シーベジタブル」の石坂秀威シェフが考案したレシピ。「シーベジタブル」は、海藻を研究し、海藻食文化の発展を目指している日本の企業です。カゴを使って外敵から海藻を守る海面養殖や、海藻の新しい食べ方を提案して高級レストランなどにおろしてその価値を高める活動を展開し、環境的にも経済的にも継続性のある海藻保護の取り組みを行っています。
まよ
お味噌汁だけじゃなくて、海藻は、おいしいピザにもなるんだね
そうるい
博士
もうちょっとだけ解説じゃ ! さて、最後は海じゃなくて、山の話じゃぞい
まよ
山 ? 海藻なのに、どうして ?
そうるい
博士
海も山も川も、自然は全部、つながっているんじゃよ
●博士のワンポイント藻類
藻食動物の食害のほか、藻場を減少させているもうひとつの原因は、山から流れてきた泥です。泥が海底に堆積すると、海藻の遊走子が岩に付着しなくなってしまうのです。一方、海底から湧き出す湧水(ゆうすい)の多い場所では、泥が積もらず海藻が生えています。さまざまな養分や酸素を取り込んだ湧水は、元をたどると山に降った雨水。木を間伐することで森の貯水量を増やすなど、適切に人の手を入れることが健全な森を守ること、そして豊かな海を育むことにつながるのです。
ワカメン
ぼくたち海藻は、海だけじゃなくて、大地や森ともつながっているんだ ! それが循環という考え方なのさ
まよ
なんかすごく深いね…
ワカメン
つながっているのは、ぼくたちと人間も同じさ。人と藻類が力を合わせて、ともに幸せになる道があるって信じているよ
まよ
海も、山も、そこで生きる海藻もきのこも、たけのこも、全部つながっていて…そしておいしそうで……あれ、なんだかいい匂いが…
「まよちゃん、まよちゃん。ご飯よ。ワカメのお味噌汁が冷めちゃうから起きなさ〜い !」
キッチンからお母さんの声が聞こえます。
まよ
お味噌汁……ワカメン… ?
気付くとそこは、いつもの食卓。どうやらまよちゃんは、居眠りをしていたようです。
まよ
おいしいワカメを食べ続けるため。そして、地球の環境を守るため。みんなに藻類のお話を伝えなくっちゃ。でもその前に、まずはお味噌汁っと。いただきまーす !
「……ケテ…タスケテ…」
まよ
え !? また ?
監修:新井章吾
株式会社海藻研究所所長、合同会社シーベジタブル海藻生態研究担当、一般社団法人グッドシー理事長などを兼任。藻食動物の食害による磯焼け、浮泥の堆積による磯荒れの研究に取り組んでいる。磯焼け対策として海面と海底養殖藻場の拡大、磯荒れ対策として海底湧水を増やすための森の間伐と自宅の庭でもできる雨庭づくりを提案している。
イラスト:KAORU SATO