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緑色のパワーが未来を変える! 初めてでもわかる、藻類入門
人類が誕生したのは、およそ200万年前と言われています。
それよりもはるか昔、30億年以上前から存在し、いまの地球環境を作り上げてきた偉大な存在。それが「藻類」です。
そう聞くと、驚かれる方も多いかもしれません。
そして、現代。光合成によって二酸化炭素を酸素へ変えるだけでなく、藻類は、私たちの暮らしに欠かせないエネルギーや新たな素材を生み出す、とてつもない力を秘めていることが分かってきました。今号と次号では、そんな藻類のひみつに迫ります。
藻類の力を借りて、世界のエネルギー問題の解決に貢献しようとする企業が日本にも現れています。その一つが「ちとせグループ」。代表の藤田朋宏さんに、藻類の魅力と可能性についてお話をうかがいました。緑色の「大先輩」たちが秘めている偉大な力を紐解いていきましょう。
そもそも「藻類」とは、地球にとってどのような存在なのかを教えてください。
藤田さん
「藻類」とは、光合成を行う生物から、陸上植物を除いた生物の総称です。主に水中や湿った場所に生息していて、多様な種類があり、住む環境や大きさ、性質、形態もさまざま。顕微鏡でしか見えない微小なものから、数メートルに達する大型のものまで存在します。身近なもので言えば、わかめや昆布も藻類の一種ですね。そして、藻類は人間が誕生するよりもはるか昔から地球に存在し、生態系を築き上げた。そういっても過言ではありません。
「地球の生態系を築き上げた存在」という部分の詳しいご説明をお願いできますか ?
藤田さん
地球に海が生まれた頃、大気の90%以上が二酸化炭素だったのですが、海中に発生した藻類が長い時間をかけて光合成を行い、大気中に酸素を増やしていきました。現在の空気はほぼ窒素と酸素。二酸化炭素はわずかです。つまり、人類が生きていけるこの環境は藻類なしにありえなかった、というわけです。
藤田さん
また、その過程で藻類の死骸が地中に残り、炭素は地中に蓄積され、それらが姿を変えて石油や天然ガスになり、人間はそれをエネルギーとして扱うようになりました。いま呼吸ができるのも、あるいは飛行機で移動できるのも、根本を辿ると藻類のおかげ、ということになるんです。
地球環境の形成段階において、藻類は大きな役割を果たしてきたわけですね。これからの地球において藻類はどんな役目を担っていくのでしょうか ?
藤田さん
前提として、人類はいま、深刻なエネルギー問題を抱えています。人類は、大量に採掘した化石燃料をもとに、「大規模・安価・均一」なエネルギーと素材を利用してきました。でも、いまのままの利用をしていれば、化石燃料は近い将来に枯渇してしまうでしょうし、化石燃料の利用はCO2排出に直結するので、それを続けていては地球環境が保てません。
そこで私たち「ちとせグループ」は、太陽のエネルギーを使って二酸化炭素を吸収しながら有機物を生成する藻類の力を借りて、資源を循環させる考え方を提唱しています。
石油などの化石資源から藻類へという流れは、今後、加速していくとお考えですか ?
藤田さん
2022年に、アメリカ政府の公式文書の中で「(発表の時点から)10年後、『バイオエコノミー』は30兆ドルの産業になりうる」と言及され、実際に支援策も講じられるようになったことから、藻類を使った化石燃料の代替の研究開発とその実用化が注目されるようになりました。
藤田さん
資本主義の常として、投資のフロンティアが必要。そこで人類は、石油を使わない地球に投資をすることに決めたと言えると思います。必然的に藻を活用した分野の産業規模は大きくなります。
地球環境を守りながら人類が発展していくカギを握るのがバイオエコノミー。コストを引き下げて藻類を用いていくことが経済的にも「得」となっていけば、資本主義のメカニズムと環境問題の解決に向けた動きが一致することにもなる。ゆくゆくは、「藻類を用いれば、プラスチックを使えば使うほど二酸化炭素が減っていく世界が実現する」と考えています。
エネルギーを生む手段として藻類にはどんな特徴がありますか ?
藤田さん
化石資源以外でエネルギーを作る手段には、太陽光、風力、核融合などがありますが、これらの手段からは基本的に電気しか作れません。一方で藻類は、太陽光のエネルギーを用いて二酸化炭素を吸収しながらタンパク質・脂質・炭水化物などのさまざまな有機物を生成します。それらは、化石資源を代替・補完し、燃料やプラスチック、食品、化粧品などの原料となります。例えば、飛行機は必要なエネルギー量がとても大きく、大型旅客機を電気で賄える技術開発の目処がまだたっていないことから、当面燃料が必要と言われていますが、これを藻類で賄うことも可能になるかもしれません。
藻類を培養する際の特徴についても教えてください。
藤田さん
藻類を培養することは、非常に環境負荷が低いといえるでしょう。まず、水をほとんど使いません。例えば、牛から1キログラムのたんぱく質を得るためには飼育過程などで105トンの水が必要とされますが、藻類は培養時に水を循環させるので、ごく少量で済みます。また、土も不要なので、カサカサの砂漠や粘土質の熱帯でも培養が可能。日本にいると実感しづらいかもしれませんが、世界的に淡水は枯渇しており、表土もものすごいスピードで減少しています。土地の有効利用ができるという点でも藻類は優れているのです。
藻類は植物と同じように、光合成で増えるのでしょうか ?
藤田さん
そうですね。藻類にエネルギー源として糖を与えて増やすこともできるのですが、さとうきびから生産した糖を輸入し、藻に糖を食べさせて増やしてもその過程でエネルギーを使いますし、二酸化炭素を多く排出します。この方法で藻を増やしても、むしろ環境に負荷をかけてしまう。そこで、ちとせグループでは光合成、つまり太陽光を唯一のエネルギー源とすることにこだわり、二酸化炭素を減らし、環境に負荷をかけない方法で藻類を培養しています。
もし世界中に現存するとうもろこし畑と同じ面積の藻類畑を作り、光合成によって培養し続ければ、人類が必要とするたんぱく質の40倍、カロリーの2倍、油の0.5倍の量を全て同時にまかなうことができると言われています。これに風力や太陽光などの代替エネルギーを組み合わせれば、持続可能な世界が実現することができます。
お話をうかがっていると、藻類は人類の未来を拓く大きな可能性を持つ技術だと思えてきましたが、逆に藻類が石油に変わる基礎原料になるには、現時点でどんな障壁があるのでしょうか ?
藤田さん
藻類の培養は、大規模に行う方がメリットが大きい。最新の当社の試算では、2000ヘクタール規模以上の藻類生産プラントでないと、経済的にも合理性がないと判明しました。また、先ほども申し上げたとおり、藻類は光合成だけで増やさなければ、全体のエネルギーコストも高くなってしまいます。
現在、私たちが採用している方法は、平らなバッグを縦型に並べるというもので、いろいろと試した結果、これが最も安く大量に培養できる方法でした。ちとせグループでは、2050年までに藻類生産プラントを1000万ヘクタールに広げることを目指しています。
こうした藻類生産プラントを作るには、多くの関係者を巻き込んだ壮大な事業計画が必要です。私たちだけで実現できることは限られているので、世界中のみなさんとともに、千年先も人類が暮らせる持続可能な環境を残すために、未来の原料開発において藻類が中心となる未来の実現に向けた挑戦を継続していきたいと思います。
ちとせグループ
ちとせグループは、千年先まで人類が豊かに暮らせる地球環境を残すために、微生物や藻、動物細胞などの生き物の力を借りて光合成を基点とした産業の構築を目指す企業群。創業以来、日本と東南アジアを中心に国や多くの企業と連携し、実用性の高い技術の開発・蓄積を通じて、世界のバイオエコノミーの発展をリードしている。
イラスト:加藤豊