Feature

微生物が作り出す造形美。〈Dress the Food〉KAORUさんの、発酵食美術館へようこそ

Index

  1. 納豆─結束と躍動

  2. 甘酒─米の七変化

  3. 鰹節─肉か樹皮か

「発酵食品の印象は ?」と聞かれたら、なんと答えますか。健康に良い、うまみがある、調味料が多い……。では、ビジュアルに関してはどうでしょう。普段は味や香りに注目しがちな発酵食品を、まじまじと観察してみると、そこには微生物の働きによる、美しい世界が広がっていました。

納豆、甘酒、鰹節。食べもののエネルギッシュな美しさをビジュアルで引き出すフードディレクターのKAORUさんの写真とキャプションから、身近な発酵食品3種の造形美を覗いてみましょう。

発酵食品ならではの美しさや生命力にあふれる、発酵食美術館へ、ようこそ。食べるだけでは伝わらない魅力を、ぜひ感じてみてください。

納豆─結束と躍動

日本の発酵食品の代表格、納豆。その起源は、平安時代後期に八幡太郎義家(源義家)が争いを収めるために移動していた際に、馬に積んでいた煮豆が俵に入っていたために発酵してできたなど諸説ありますが、いずれの説においても、わらに棲む納豆菌と、煮豆の偶然の出会いがきっかけであるといわれています。

納豆菌はわらの中のみならず、上空3,000mでも発見されたことがあるほど、どこにでも存在し、そして生き延びる強さを持つ菌。そして、血栓(血のかたまり)を溶かすナットウキナーゼという酵素を作り出す働きなどが代表的な、私たちの健康を支えてくれる菌なのです。

納豆には、糸引き納豆、ひきわり納豆、五斗納豆、寺納豆の4種類が存在します(※)。そのうち、作る過程で納豆菌を使わない寺納豆以外の3種類を、KAORUさんは観察しました。そこには、豆同士の “付かず離れず” な関係性がありました。

※)出典:文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」p.293

藁で包まれた納豆のクローズアップでとらえた作品。少しだけ開かれた藁の間から納豆の豆たちが見える。背景は鮮やかな緑。
01:「生」 衛生の観点から、わら納豆は現代では、人工的に純粋培養した納豆菌を使って作った納豆をわらの中に入れる、という作り方をすることがほとんど。しかし今回観察したのは、わらにいる天然の納豆菌を使った原始的なもの。わらの香り、そしてそこに棲む生きた菌が放つ、ずっと嗅いでいたいと思うほどの芳醇な香りが広がる。
納豆を作る時に使用する藁を解いて白い背景の上に無造作に配置した作品。強い光で撮られており、くっきりとした影が落ちている。
02:「結び」 完成したわら納豆の包みは全長30mほどととても長く、上下と真ん中が紐でくくってある。全部の紐を取るのではなく、真ん中の紐だけをほどいて両側からぐっと押し出すと、納豆がまとまって出てくる。意外にも、納豆はわらにまとわりつくことはなく、しっかりとひとかたまりになっている。
納豆のネバネバで宙に浮く1粒の納豆をとらえた作品。ネバネバは画像の上端から下端まで続いている。
03:「糸」 納豆を練っていると、納豆の糸が意外と早く切れることに気づく。普段、何気なく食べているとたくさん糸を引いているように思えるが、思いのほか糸が見える時間が短い。一瞬で消えてしまう、はかない寿命。
白い背景の上にひきわり納豆を押し伸ばしたような作品。ひきわりなので納豆の粒は細かい。
04:「糸2」大豆を割り、皮を取り除く工程を経てから、納豆菌をかけて作られるひきわり納豆。米と同じくらい細かく刻まれた納豆は絡みがよく、故に白米との相性が良い。フラットに並べられたひきわり納豆は、豆同士が連帯しながらアクロバティックな動きをしているようにも見える。
白い皿の上に四角く成形された五斗納豆が置かれており、四方には緑色のネギが飾られている。五斗納豆は白っぽい部分と茶色っぽい部分とかがランダムに混ざり合っている。茶色っぽい部分がおそらく豆。
05:「固」 おにぎりの具には、なぜ納豆がないのだろうか。しかし、山形置賜地方で古くから保存食として親しまれてきた五斗納豆は、具として採用できる条件がそろっている。あまり糸を引かないため、スプーンなどを使ってかたまりで取っていく。米麹と塩で発酵熟成させているので、味付けもしっかりしている。皿にのせると、かたまりとしての存在感が際立つ。

甘酒─米の七変化

甘酒には、米麹(※)を使ったものと酒粕を使ったものの2種類があります。麹甘酒は米+米麹+水、酒粕甘酒は酒粕+砂糖+水、いずれもシンプルな組み合わせでできています。

KAORUさんが選んだのは、非加熱で造ることで麹の酵母が生きている麹甘酒と、酒粕甘酒の原料となる、日本酒から出た酒粕。

米から米麹へ、そして麹甘酒へ。米から酒へ、そして酒粕甘酒へ。日本人のソウルフードともいえる米は、幾度となく姿を変え、自然の甘みが引き立つ液体になるのです。

※)米麹とは、米に麹菌(=ニホンコウジカビ)を繁殖・発酵させたもの。麹菌は米から糖分を作り出す能力が高い。味噌、醤油、みりんなどはどれも米麹を利用して造られているため、米麹は日本の食文化を支える存在といえる。

透明なコップの中に入った甘酒をクローズアップで捉えた作品。背景も白いので輪郭が分かりづらく、境界が溶けているようにも見える。
06:「白宇宙」 液体の奥から、米麹の香りが自分の鼻を包み込むようにブワッと広がる。普段の料理で使うことも多い米麹だが、火にかけると香りが減ってしまうので、非加熱の米麹が生きた状態の風味をじかに体感するのは新鮮。
横にしてある透明なコップの縁に粒上の米麹がいくつかついている様子を捉えた作品。
07:「母」 原料となる米が、分解段階で残っているのが見える。もとの形状が朽ちていくような様子に、日本的な美しさを感じる。
薄い黄土色の酒粕の四角い塊状にした作品。酒麹は薄く形成され幾重にも重なっている。
08:「重」 酒粕を広げるとアルコールの芳醇な香りがし、瞬時に上品な和食の料理を想像させる。一度シート状にしたものを折り畳んだ様子は、粘土のようにどっしりとしていて、屈強な格好良さがある。

鰹節─肉か樹皮か

鰹節の「節」とは、鰹をおろした身のひとつを指します。そしてそれらを煮て、何度も焙乾(いぶし・乾燥)を行うのです。その後登場するのが、鰹節カビ。鰹は動物性なのにもかかわらず、なぜ出汁には脂が浮かないのでしょうか ? それも、カビのおかげ。鰹節カビは脂質を分解するのです。それだけでなく、カビは水分をゆっくりと取り除き長期保存を可能にしたり、うまみや深い香りを引き出したりと、とてつもない働きをしているのです(※)。

そして「節」には、実は鰹節以外にもサバ、マグロ、アジなど、いろいろな種類の魚を使ったものが存在します。また、魚の背中とお腹の間にある、血管が多く集まる部分「血合い」のあり・なしによっても、味わいや香りが全く変わるのです。

種類によって、さまざまな表情を見せる鰹節。厚削りに、薄削り。血合いありに、血合いなし。鰹節に、鮪節……。KAORUさんの視点から、鰹節の知られざる多面性が浮かび上がってきました。

※)鰹節の中には、発酵食品でないものもある。カビ付けを行う前の段階のものを「荒節」「鬼節」と呼び、これらは発酵食品ではない。また、カビ付けを行った節は「枯節」、カビ付けを4回行った節は「本枯節」と呼ばれる。

鰹節をクローズアップで捉えた作品。
09:「粋」 血合い抜きの鮪節は、赤茶色の部分がなく、透明感のあるきれいな淡い色。今にもふわっと舞いはじめそうなほど薄く削られており、リボンのようにも見える。
鰹節を白い背景の上に散りばめた作品。鰹節のひとつひとつが微妙に色が違うことがわかる。
10:「素」 血合いありの鰹節は赤茶色の線が入って層になっているのが見て取れる。血合いなしのものに比べ、味わいにも陰影や深みが出る。
鮪節でとった出汁をクローズアップで捉えた作品。色は濃い黄色と薄い黄色の美しいグラデーションで、ところどころに細かい泡が見える。
11:「黄金」 鮪節で出汁を取ってみると、鰹節よりも上品で、魚のにおいが少ない印象。色は黄みをおびている。節によって、味や香りはもちろん、色も全く違う出汁に仕上がる。
厚く削られた30個ほどの鰹節を四角のかたちにそって並べた作品。
12:「材」 厚削りの鰹節は、圧巻の見た目。肉のような生き物感があるかと思えば、木の皮や化石にも見える。外側はごわごわした質感だが、内側は艶やか。ピースごとに全く違う表情があり、芸術的な風貌に仕上がっている。
KAORUさんの写真
フードディレクター、アーティスト

KAORU

Let’s Share!

キッチンにある発酵食品を
改めて観察したくなった?
月刊日本館をシェアして
それぞれにとっての意見を「循環」させよう。