Feature

生命は、地球は、我々は、微生物を起点にめぐっている

Index

  1. みずから壊して、作り直す 「いのち」の定義をおさらい

  2. 生命に関する福岡少年の原体験 生き物はみな分け合っている

  3. 地球が壊れかけているいま 必要なのは、微生物へのリスペクト

  4. この星の循環は回復可能 大きな歴史の中で人間がすべきこと

  5. 未来の暮らし そのスタンダードを再考する

みなさんは微生物といわれて何を連想するでしょうか ? 生ゴミや排泄物など、いろいろ分解してくれる良いやつ ? あるいは、そこら中でうごめいている得体の知れないもの ? 人間の中には何兆という微生物が存在しており、それなしでは生きていけないのにもかかわらず、ぼんやりとしか知らないし、情報も少なすぎる。無論、微生物の定義はシンプル極まりない。「目に見えないほど小さな生物」、以上。しかし、それでは何もピンとこないし、ざっくり括られすぎだろうという気もします。今回は、微生物が循環の中ではたす役割や人間との関わりを掘り下げることで、その実態に迫っていきたいと思います。

そこで訪ねたのは、大阪・関西万博で“いのちを知る”ためのパビリオン「いのち動的平衡館」のテーマ事業プロデューサーを務める生物学者の福岡伸一さん。生命論の名著『生物と無生物のあいだ』などで広く知られる福岡さんの話は、微生物の話が地球環境問題、さらに生命の秘密にまでブリッジしていく。この世界がどう構成されているのか、私たち人間はどう振る舞うべきなのか、そこまでを考えさせてくれる内容です。これを最後まで読めば、もう微生物には足を向けて寝られない !

談:福岡伸一

みずから壊して、作り直す
「いのち」の定義をおさらい

まず、微生物について語る前に、「そもそもいのちとは何か」ということついて前提を話したいと思います。

生命に関して、「細胞」「DNA」「動く」「新陳代謝」「呼吸」といった具合に、外からみた特徴を列記してみても、本質に迫ることはできません。それを知るために、私が生物学の世界に足を踏み入れて最初に取り組んだのは、細胞の中のミクロな仕組み、つまり分子生物学でした。時は1980年代初頭、バイオテクノロジー幕開けのタイミングです。

水中に薄いピンク色の水風船が漂っている写真。水面がキラキラと光を反射し、水底には水紋が光や影となって落ちている。

私もその流行りにどっぷり浸かっていました。DNAやタンパク質など、ミクロな分子のひとつひとつを取り出して、そのメカニズムを分析する。機械的に生命をみる。2万種類ものタンパク質からなるDNAの設計図を解読(ヒトゲノム計画)すれば生命の秘密が明らかになると、誰もが信じて疑いませんでした。

そしてDNAを研究していく中でわかったことは、ただひとつ。それは、2万種類のタンパク質をすべて解読しても、生命のことは何ひとつわからない、ということ。そこで、次に進む段階として、私たちは生命を単に部品に分けるのではなく、部品と部品のあいだの関係性に着目しました。確固とした物質ではなく、変化し続ける現象として生命を捉える。そこでは、新陳代謝によって古いものと新しいものが自然に交換されているわけではなく、生命は積極的に自分自身を壊していることが判明しました。壊すことが先行していて、そのあとにおこる不安定さを利用して、もう一度秩序を作り直すのです

私はそのことを「動的平衡」と表しました。これが、生命論のキーワードです。

黒っぽい土と枯れ草が混在している地面の写真。土の部分はやや湿っているように見え、多孔質でフカフカした質感。枯れ草は土の表面に点在しているが、土が枯れ草を侵食しているように見える。

生命に関する福岡少年の原体験
生き物はみな分け合っている

私はかつて昆虫少年でした。子供の頃は人間の友達が少なく、性格も内向的。そこで、人間と目を合わさないかわりに地面をみていたら、「あ、カミキリムシがいるな」という感じで自然の美に興味を持つようになりました。そこからは、昆虫図鑑を端から端まで読み込んでは実際に探しにいく日々。夏休みの自由研究では蝶の飼育記録をつけていました。蝶って、種類ごとに好きな葉っぱが異なるんです。アゲハチョウはみかんとカラタチ。キアゲハはパセリや人参。ジャコウアゲハはウマノスズクサ。どの植物を食べても栄養価がかわらないのにもかかわらず、なぜそれしか食べないのか。ずっとそのことを不思議に感じていました。

水滴がつながってできた大小さまざまな水たまりが金属の表面に形成されている写真。

大人になってわかったのは、地球資源が限られた中で、蝶は食料をめぐって無益な争いがおきないよう、あらかじめ棲み分けているということ。これも動的平衡といえます。つまり、細胞レベルだけではなく、生態系レベルでも動的平衡はおきているのです

淡い緑色の背景に折り重なって生い茂る緑色の植物の写真。葉と花のつぼみにはところどころ水滴が付着している。
赤い日の光に照らされた紅葉が密集した写真。葉は鮮やかな赤色とオレンジ色が混在していて地面は落葉で覆われている。

もうひとつ、蝶を観察する中で、生命の変態(メタモルフォーシス)について学ぶことができました。卵から幼虫が生まれ、あるとき一枚皮を脱いでさなぎになって動かなくなる。昆虫少年だった私は、残酷にもさなぎの内部を調べてみたんですが、中に幼虫はおらず、出てきたのはドロドロに溶けた黒い液体だけで、幼虫は完全に破壊されていました。もちろん、一度さなぎをあけてしまうと生命は終わってしまうわけですが、そのままじっと待っていると、中で新しい細胞がドロドロの栄養を使って蝶になります。もし地球に何も知らない宇宙人がやってきて、幼虫と蝶を見比べたら、その2つが同じ生物だなんて信じられないでしょう。

まず破壊がおきて、その次に生成がおきる──これが、個人的な動的平衡の原体験です。また同時に、自然に対する畏敬の念を持つきっかけにもなりました。

地球が壊れかけているいま
必要なのは、微生物へのリスペクト

さて、ようやく微生物の話です。この世界は、目に見えない無数の生命体で満ち溢れている。それが微生物。最初にそれを発見したのは、17世紀にオランダのデルフトという小さな街に住んでいた、アントニ・ファン・レーウェンフックでした。彼は、300倍まで拡大できるお手製の顕微鏡を使うことにより、一見透明にみえる川の中に不思議な生物がいることに気づきました。

では、実際のところ微生物は何をしているのか。実は、微生物こそ循環の立役者なのです。

小石が点在する土の地表の中央に、細長い線状の枝が丸を模るように落ちている写真。枝の片方の先端部分は緑色で残りの大部分は枯れ色である。

ここで再び、動的平衡のコンセプトを持ち出してみます。生命は流れの中にあり、分解と合成を繰り返している。地球の中で大きな循環を作っているのは ? それは、いま地球温暖化が進む中で悪者扱いされている炭素原子です。今後は脱炭素社会を目指すといいますが、そもそも人間は炭素からできているんですよね。では何が問題かというと、炭素それ自体ではなく、地球の循環が壊れていること。微生物はそんな炭素を有機物にかえて、そこからさらに小さな単位に分解してくれます。だから、二酸化炭素の循環のために大活躍している微生物、中でも植物系の微生物の働きに対してもっと敬意を払うべきなんです。

ガラスのようなものに貼られたフィルムが歪んでできた網目模様を捉えた写真。不規則な形の白っぽい曇り模様が透明感のある背景に浮かび上がっている。模様はランダムに連なり、光の屈折によって微妙な色彩が見え隠れする。

さらに、エネルギーの循環にも微生物は寄与しています。エネルギーの源といえば太陽光線ですが、それを微生物がキャッチして有機物にかえ、しかも、利他的に振る舞って、他の生物に分け与えています。例えば植物であれば、過剰に光合成して、葉っぱや実や根っこを他の生物に与えているのです。

もちろん微生物の中には悪さを働くものもいます。例えば、コレラ菌とか赤痢菌などの病原微生物。しかし、大半の微生物は人間にとってなくてはならない有用なもの。最近では、腸内細菌が話題に上っています。人間が食べるものをかすめとっているだけかと思いきや、実は毒物を分解してくれたり、栄養素を人間が使いやすい形にかえてくれたり、腸内細菌自体が栄養にかわってくれたりするのです。体内に悪いものが入ってきた時のバリアにもなります。

植物を俯瞰撮影した写真。光沢のある緑色の葉が密集しておりその中に白い小花が無数に咲いている。
緑色の波形の模様が特徴的なオブジェクトのクローズアップ写真。上部は明るい緑色の背景に波形が際立ち、下部は暗い背景に波形が映える。これらは実は電車の座席の一部分を撮影したものである。

消化管の中にいる何兆個もの微生物の働きによって、我々は支えられています。その人が暮らす環境の風土によっても微生物の種類が違っていて、海藻を多く摂る日本人の体内には海藻を分解する腸内細菌がたくさんいたりします。また最近になって、腸内細菌の代謝は人間の健康だけではなく、心理的な気分にも影響を及ぼすことが判明しました。つまり、メンタルヘルスの問題にも直接関わっているのです。

この星の循環は回復可能
大きな歴史の中で人間がすべきこと

循環は今からも回復できると思います。地球上に生命が誕生してから38億年。その時々で環境は大きく変化してきました。大気の酸素濃度が20%から30%くらいになる。氷河時代を迎えて全てが凍りつく。小惑星が地球に衝突して巻き起こった砂塵が雲のように覆って、地上に太陽光が届かなくなる。すると、光合成ができなくなったことで、まず植物、次に植物を主食としていた草食動物、最後に草食動物を主食としていた恐竜が死滅する。これで地球は終わりかと思いきや、その足元をチョロチョロ生き延びてきたねずみが、今度は新たな哺乳動物の時代を築いていく。そのように地球生命の動的平衡は強靭なレジリエンス(回復力)を持っているし、それは今後も続いていくでしょう。

白い壁と無数の細い枝のようなものが写った写真。枝は所々で切れていてそれらは壁に張り付いており、まるで白い壁に直接描かれたようにも見える。壁には白い小さな換気口がある。壁の手前の地面からは手入れされた緑の生け垣が配置されている。

ただ、いま直面している環境問題に関しては、自然発生的なものではなく、人間があたかも支配者のような顔をしていろんな資源を収奪したことによっておきています。循環を保つためには利他的に振る舞わなくてはいけないのに、利己的に振る舞っているのです。

人間は狭いコミュニティの中で、利己的な秩序を維持しようと躍起になっています。それにはエントロピー(無秩序)の排出というものが不可避であり、ゴミや二酸化炭素の問題に直結しています。少しであれば地球が解消してくれますが、いまやそれができないほどエントロピーを多く排出してしまっています。つまり、先ほども申し上げたように、いま起きているのはエネルギーの問題というより、エントロピーの問題なのです。

すりガラスのようなもののクローズアップ写真。上部は青白くぼんやりとしたグラデーションが広がり、下部に向かって徐々に濃い灰色へと変わっていく。中央には縦に薄く線が入っており、抽象的なアート作品のようでもある。

未来の暮らし
そのスタンダードを再考する

エントロピーの観点から消費行動や衣食住の在り方を見直さないと、他の生物や微生物と共存可能な道はみえてきません。人間は、健全な循環をとめている。それは富の蓄積に顕著です。他の生物は自分に必要なエネルギーや物質を確保したら、それ以上を不必要にためこむことはしないし、そもそもできません。もらったら必ず次に引き継ぎ、循環が維持される──富をためこもうとする生きものは人間だけ。しかもそれは単なる数字ではなくて、地球環境に負荷を与える富です。人間は、石油や石炭のように自然にあったものを収奪して富にかえ、誰のものでもない土地を取り合ってきました。今後は、個人のレベルを超えて、政治的・社会的ムーブメントとして、利己性を利他性にかえていく必要があるでしょう。

茶色の枯れ草の中の落枝の写真。その落枝は細い植物の幹に支えられ片方が浮いている。折れた断面部分は白く年輪のように何十にも重なっている。断面の一部は下に向かって垂れている。
きれいな青空に浮かぶ白い雲の写真。雲は縦長に連なっており、下部が厚く、上に向かって徐々に拡散するように薄くなっている。

そしてこれらのメッセージを、大阪・関西万博の日本館から発信していく意義は大きいと思います。この国では、あらゆる場所やものに神様が宿るとする「八百万の神」という考え方が浸透しています。あるいは、『方丈記』の冒頭にある「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という文、これはまさしく動的平衡のコンセプトを端的に言い表しています。流れの自然観に立脚して、生命を再考する。二項対立に陥らず、どっちつかずのまま「あいだ」をうまく行き来しつつ、中庸の解決策を見出していく。それが人間という生き物の特殊性ではないでしょうか。

緑豊かな木々の枝葉の間から光が滲むように差し込んでいる写真。

人間だけが知性を持って、文明や都市や制度や経済を作り出してきました。それによって基本的人権のような個体の生命価値を掴み取ったのも事実です。自然とは、「種の存続だけが大切」という残酷な世界でもあるわけですから。ただ、世界を構造化するところまでは良かったものの、知性が行き過ぎてしまいました。もうすでに、微生物を含めたあらゆる他生命との共存を模索すべきフェーズに突入しているのです。

写真:伊丹豪

福岡伸一(ふくおか・しんいち)さんの写真
生物学者・作家

福岡伸一(ふくおか・しんいち)

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