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腸内には約1kgの微生物がいる? 人類と微生物の共生について考える

Index

  1. パプアニューギニアの人は、さつまいもが主食なのに筋骨隆々だ

  2. 人類はゴリラのようにだって生きていける?

  3. 「悪い微生物」は存在しない

  4. 多様な食生活を送ることは、多様な微生物と生きること

私たちは様々な微生物・細菌と共に暮らしている。というと、突拍子もないことのように聞こえるでしょうか ?
空気中に、水の中に、土の中に、私たちの体表のいたるところに付着しているのはもちろんのこと、体内にも数え切れないほどの微生物が存在しています。人間の腸内は細菌の密度が特に高く、微生物の宝庫のような環境なのです。
肉眼で見ることはできない腸内細菌、そしてその働きとはどういうものなのか ? その答えを知るべく、東京大学大学院医学系研究科の梅﨑昌裕教授の元を訪れました。
梅﨑教授はパプアニューギニアの高地に住む人々の生活に触れて以来、彼らの腸内に生息している微生物に着目し、人類生態学の観点から研究を続けています。しかし、その実態は「わからないことだらけ」なのだといいます。
目に見えない、わからない、微生物。それでも確かなのは、微生物との共生を考えることが、多様性を考えるための重要なヒントになるということでした。

梅﨑教授の研究室がある建物の外観の写真。

パプアニューギニアの人は、さつまいもが主食なのに筋骨隆々だ

なぜ梅﨑先生は腸内細菌に着目して研究をはじめたのでしょうか? 

梅﨑教授

私の専門である「人類生態学」は、人間がどういう動物であり、どういう生き方をしているのかを研究する学問です。その一環で、パプアニューギニアで人類学的な調査をしていた若い頃に、現地の方も同じ人間なのになぜこうも身体のつくりが違うのかなと疑問に感じたんです。彼らの主食はさつまいもで、タンパク質接取量は日本人の食生活と比べると非常に少ない。我々が同じ食生活をしたら痩せ細ってしまうにもかかわらず、ボディービルダーのような筋骨隆々とした身体つきをしている。不思議ですよね。
集団として持っている遺伝子構造が違うとはいえ、それだけでここまで大きな違いが生まれるとは考えにくい。そこで、腸内細菌の働きによるものに起因するのではないか ? と考えたんです。

日本で暮らしている人と、パプアニューギニアの方々では体内の微生物の働きが違うということでしょうか?

梅﨑教授

働きではなく、それぞれが体内に持っている微生物の構成が全然違うんです。ニューギニアの人からは乳酸菌は全然出てこない一方、日本人があまり持っていない細菌を彼らは持っていたりする。
ただ、その全体像はまだ明らかにされていません。そもそも体内には名前がついていてもどんな機能を持ってるかが判明していないものが多く、名前がついていない菌は更に沢山いる。どれだけの腸内細菌が成人男性の体内に生息しているかというと、重さにして1〜1.5kgほど。脳の重さと同等ですから、結構なものですよね。
パプアニューギニアの人々の体内に存在している微生物を研究するために糞便を持ち帰り、農学部の先生と共同研究をしているのですが、彼らの糞便の中にある微生物を実験用のネズミに投与すると、タンパク質が足りない状態でも体重をあまり減らさないという結果が出ています。
この結果から考えられるのは、パプアニューギニア高地人のたくましい身体つきには、腸内細菌の働きが少なからず寄与しているということです。
高校の教科書には、大腸の機能は「水分を吸収すること」と書かれています。しかし、大腸としての役割はそれだけでなく、食物繊維を分解したり、ビタミンを合成したりと、いろんな機能を持った細菌の生息地にもなっています。今後、さらに研究が進むことで、特定の病気の免疫を持つ微生物が見つかるかもしれません。

採取した糞便を海外から持ち帰るために使用するタンクの写真
採取した糞便を海外から持ち帰るために使用するタンク。冷却状態を保つため、重厚なつくりとなっている。貴重な研究資料は「MUST RIDE」のシールとともに。

人類はゴリラのようにだって生きていける?

日本に暮らす人とパプアニューギニアの高地人でこうした腸内細菌の違いが生まれるのはなぜなのでしょうか?

梅﨑教授

正直なところ、それはまだ明らかにされていません。わからないからこそ、研究者としては「ロマン」を感じずにはいられないのですが(笑)。

梅﨑教授が研究室で腕組みをして話す様子の写真。

研究を続けることで、重要な発見につながるかもしれないと。

梅﨑教授

研究の可能性を感じていただくために、少しスケールの大きい話をしてみましょう。
例えば、人間と同じ霊長類で草食動物のゴリラは野生の植物を主食としています。タンパク質も足りない食生活なのにゴリラの身体は大きく、力が強いですよね。同じ霊長類なのに、 なぜ人間は野生の植物を食べることができないのか。人間だって本来はできたんじゃないかと思うんです。
野生の植物には、捕食を防ぐためのファイトケミカルという毒性の物質が備えられているのですが、草食動物の場合は腸内細菌がそれを解毒しているんです。我々は一部のものを除いて野生の植物を草食動物のように生食することはできません。
ホモサピエンスの歴史は約20万年といわれており、20年を一世代として計算するとおおよそ1万世代。自分の母の母を1万人さかのぼるとホモサピエンスの誕生までつながるんですね。農耕栽培がスタートしたのは約1万年前と考えると、それ以前の19万年間は野生で生活をしていたはずです。

農耕がはじまってからは米や野菜を、産業革命が起こってからは肉や卵をある程度自由に食べられるようになりましたが、いずれも元々は入手できないものでした。ホモサピエンスの歴史を考えると、野生の動植物を食していた時期の方が長く、現代の食生活の方が特殊です。そうした時代を生き抜いてきた事実を踏まえると、腸内細菌の働きを無視して考えることはできないですよね。

研究室のホワイトボードの支柱にかけられているパプアニューギニアの民族の黄色い仮面の写真。仮面は縦に長い楕円形で全体的に模様が施されている。口の部分は赤く舌をだしているような造形である。

ということは、人間が本来は自然界に生きる力を持っていたと考えられる……?

梅﨑教授

この豊かな世界でバランスの取れた食生活が当たり前になったから、人間は能力を失った、あるいはその能力に気づいていないだけかもしれません。ゴリラと比べるわけではないですが、ラオスの人は野生の植物を食べて暮らしていますし、パプアニューギニアの人たちだって植物食です。
パプアニューギニアで現地の食生活に合わせた暮らしを送っていると、タンパク質が不足してしまい、私なんかは身体の傷が治らなくなるんです。いずれは栄養不足で体調を崩す、あるいは死んでしまうかもしれない。しかし、ある程度の期間現地の生活を続けていると体が適応して、彼らのような腸内細菌の働きを得ることもできるかもしれない。どの状態を「本来」とするかにもよりますが、もう少し野生に近いところで生きていける力は持っているのではないかと考えられます。

研究室にあるパプアニューギニアの民族の絵画や雑貨の写真。窓から差し込む光で画の一部は影になっている。

「悪い微生物」は存在しない

微生物・細菌の中には人間に不利益をもたらすものも数多く存在していますよね。

梅﨑教授

一括りに考えてしまうのは人間中心主義的な考えですよね。細菌は目に見えないので意識するのは難しいとは思いますが、人間と生物の関係性に置き換えるなら、人間が生きるためなら他の生物を殺してもいいという思想につながってしまう。生態学的に見れば必要な害虫はいるにもかかわらず、それらに「悪」というラベルをつけて選別する考えは危ういと思います。多様性が失われてしまいますから。

不利益をもたらすものを排除することで、同時に有益な生物も排除してしまうと、生態系は崩れてしまいます。細菌なんてまさにそうで、基本的には「よくないもの」と考える人が多いでしょう。それによって僕らが守られていることもいっぱいあるんだけど、知らないうちにいろんな細菌を殺している。日本だと家畜は完全に隔離して飼いますよね。衛生の観点からは正しいことなのですが、、そうすることで本来は豚と人間が暮らしを共にする中で交換していた細菌が失われていくわけです。実際、生きる場を奪われ絶滅に追い込まれた細菌もたくさんいると思います。可愛い動物が減ったら悲しいけど、目には見えない細菌が死んでもピンとこない。
だからといって手を洗うな、抗生物質を飲むな、と言いたいわけではありません。しかし、生態系は全体のバランスを無視して人間だけを優先しているとゆがみが出ますよね。
細菌に関して言えば、コレラ、赤痢、チフスは悪い菌だと考えられてきましたが、人間と共生関係にあるものが見つかり、認識が変わりつつあります。極端に「クリーンな環境」で生きるのが果たして正しいかどうかは考える余地がありますね。生物の多様性と同様に、微生物の多様性についても考えていかなければならない時代が来ているのかもしれません。

研究室の窓の写真。人が指で窓をなぞった無数のあとがうっすらと浮かび上がっている。

多様な食生活を送ることは、多様な微生物と生きること

では、私たちは微生物とどのような共生関係を結ぶことが望ましいのでしょうか?

梅﨑教授

草食動物は「肉食動物の餌になろう」として栄養を蓄えているわけではないですよね。
私たちの腸内には胃を通過した「食べ残し」が送られるわけですが、大腸に住んでいる微生物はそれらを摂取して生きているわけです。私たちが意識的に「腸内の微生物に栄養をあげよう」としているのではない。
長い歴史において、人類はそれぞれの地域で、いろんなものを食べてきた。その中で、 Win-Winの関係にある細菌が生き残ってきたのだろうという仮定を私は持っています。つまり、人類が多様な食生活を送ることで、腸内細菌の多様性もある程度は保たれるというわけです。
地球レベルでは食が多様であるといわれていますが、ほとんどの人は都市に住んでいる。中華料理と日本料理とアメリカ料理って、それは料理が違うだけで、炭水化物、タンパク質、脂質の量など、つまり栄養素レベルではそう変わらない。
人間は本当に、なんでも食べるんですよ。私はパプアニューギニアの食事しか実体験したことはないですが、アフリカの牧畜民には牛乳やヨーグルトのような乳製品ばかり食べている人もいるし、エチオピアのデラシャなどアルコールを多分に含んだ食生活を送っている人もいる。現代社会の我々から考えたら偏った食生活でも、人間は生きる力がある。
そもそも、「タンパク質は1日に何グラム摂取しましょう」というのは腸内細菌の役割を想定せずに設けられた値です。もちろん、タンパク質の摂取量が増えたことによってかつては30年ほどだった人間の寿命ははるかに長くなっています。しかし、実際にそういった基準から外れた食生活を送っている人々がいることは確かです。
彼らがどんな腸内細菌を持っていて、その腸内細菌がどんな働きをしてきたか。ケーススタディが集まっていけば、人類の生存に腸内細菌がどう関わっているかが明らかになるかもしれません。
現代の日本における食生活は均質化されてきていますが、かつては地産地消というか、それぞれの地域で採れたものを食べて暮らしていたはず。パプアニューギニアの方々がさつまいもを主食にしていると聞くと、驚かれる方も少なくないですが、かつては私たちも似たような食生活を送っていたんです。
私たちはどうしてもマジョリティの視点で世界を捉えてしまいますが、そういう時間と空間を俯瞰するような視点が必要です。私は現代のパプアニューギニアを対象とした研究を行っていますが、かつて生きていた人類と食、そして微生物を含めた多様な視点から今後の人類社会を考えていきたいですね。

研究室の窓から見える外の木々の写真。深緑の木々とピンク色にも見える葉が落ちた木々が折り重なり美しいコントラストを生んでいる。

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