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私からXメートル。 ここにも「循環」。あそこにも「循環」!

循環ってなんだろう。それはあなたの体の中にあります。街に、山に、宇宙に、その向こうにもある。そう、私たちが日々生活する中で目にするあらゆるものは、実は様々な循環によって成り立っているのです。

この世界の循環を巡る、Xmの旅は、私たちの身体の中、0mからスタートします。私が暮らす半径10mの家の中から、地球、宇宙を超えてあの世まで。果てしなき循環の旅へ、いざ !

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体の中は、循環だらけ !

自分のことはある程度知っているつもりだけれど、自分の心臓が実際にどんな色をしているのか知らない。心臓はおよそ毎秒一回拍動して、身体中に血液を循環させている。心臓、動脈、静脈、毛細血管。血は体の中を巡って、酸素や栄養素を細胞に届け、二酸化炭素や老廃物を回収する。人の体は循環の仕組みを中心に設計されています。それは人間だけに限らず、生きとし生けるもの全てに言えること。

たとえば、生物学者・福岡伸一の名著『生物と無生物のあいだ』を読むと、「生物とは動的な平衡にある流れであり、けっして担保された個物としての実態ではない」とあります。身近かつ、壮大な循環の旅のはじまりです。

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発酵、世界で一番小さな料理人たちの仕事

納豆、日本酒、醤油、ヨーグルトなど、私たちの食卓に欠かせないほど身近な発酵食品。その仕組みはどうなっているのでしょうか。

発酵とは、酵母や細菌、カビといった微生物がエネルギーを得るために炭水化物やたんぱく質などの有機化合物を分解し、アルコール類・有機酸類・二酸化炭素などを生成するプロセスのこと。食品の栄養価を高めたり、味わいを深めたり。発酵食品は、古来より身近な調理法として親しまれてきました。

私たちにとってプラスとなるものを「発酵」と呼んでいるけれど、実は、「腐敗」とメカニズムは同じ。微生物のはたらきによって、食べものが美味しくなったり、食べられなくなってしまったりする。世界中で微生物の研究が進められているのだけれど、まだまだわからないことも多い。地球上に生息する微生物の数は推測によると415〜615×10000000000000000000000000000個なんて言われています。

確かなのは、発酵食品を食べることで、ミクロの世界で行われる微生物のはたらきの恩恵を受けるということと、そのおかげで、私たちの食が豊かになっているということです。

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リセール市場が加速させる、ものの循環

長く愛用していたけれど不要になったものが、別の誰かに渡る。その誰かにとってそのものは新しい価値や機能を持つ。そういうものの循環は古くから行われてきました。たとえば江戸時代。わかりやすいのは、庶民から古着を買い取る「古着買い」。ろうそくの流れ買いという、溶けたろうそくを集める者も。「下肥(しもごえ)買い」は、集めた排泄物を農家に肥料として売っていたそうで、上流階級の人の排泄物ほど栄養価が高く、高価だったのだとか( ! )。

時は2024年。インターネットのリセール市場はいぜんとして急成長中。中でも国内において大きな影響力を持つプラットフォームといえば、昨年に創業以来の最高業績を記録したメルカリです。同社は創業10周年を機に「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」という新しいミッションを打ち出しました。

ものが循環していくことで、世界の組成はどんどん入れ替わり、経済が活性化され、個人の暮らしが変わってゆく。半径5m、自分の部屋の中にあるものからはじめる二次流通の世界で、循環のダイナミズムが体感できることでしょう。

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ビルの屋上からはじまる、「農業」の循環

近年「コミュニティガーデン」と呼ばれる地域拠点をつくる動きが活発化しています。地域住民交流の促進、食文化の充実、環境課題の解決などを目的に、持続可能な地域づくりの拠点として世界中の都市部でコミュニティガーデンが続々と誕生しているのです。

特に「食」の問題に取り組む施設が数多くみられ、その潮流は日本でも感じることができます。コンポストを用いて生ゴミから堆肥を生み出し、日本橋茅場町を「食べられる街」にするというコンセプトのもとスタートしたのが「Edible KAYABAEN」というプロジェクト。東京証券会館の屋上に生まれたガーデンの設計は、人と自然が共存する社会をつくるためのデザイン手法「パーマカルチャーの父」と呼ばれるビル・モリソンから指導を受け、日本でパーマカルチャーの研究と実践を重ねるフィル・キャッシュマンが行いました。

「Edible KAYABAEN」を企画・運営する一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパンは、カリフォルニアのオーガニックムーブメントと食教育をつなげることに一役かった「エディブル・スクールヤード」と呼ばれるプログラムを展開し、公立小学校と協働しながら「食育-エディブル授業」を行っています。

屋上菜園で食材を育て、自ら調理し、みなで食卓を囲む。「Edible KAYABAEN」では、「食べる」を学びの軸に子どもたちの生きる力を育み、根付かせることによって健康で安心な暮らしができる地域づくりを行っていくそうです。ビルの屋上につくられた小さな庭から、未来につながる食の循環が生まれていくのです。

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時代を超えて継承される建築物

ここでは、私たちと対象の距離を一気に飛躍させて、空間だけでなく時間をも超越する循環についてひとつ紹介したいと思います。そもそも、時間とはリニアに進行していくものなのでしょうか ? 昔の流行りやムードはデジャブのように繰り返されることがあります。そう、ひとつの時間軸の中で何かがはじまり、何かが終わるのではなく、まるでDNAのように、ものごとは螺旋状に進行していく。そう考えると、かつてあったものに対して単に「古臭い」とする見方は、あまりに一方的すぎるのかもしれません。

2020年12月に前橋にオープンし、建築業界のみならず広く話題となった白井屋ホテルは江戸時代に旅館として創業し、1970年代後半にホテル業に転向した後、2008年に廃業となった「白井屋旅館」のリニューアルプロジェクトによって生まれました。かつて芸術家や政府要人が多く訪れたという歴史を参照するように、内装を手がけたのは藤本壮介をはじめとする世界のクリエイターたちで、ロビーなどの共有空間や客室には杉本博司らのアートが飾られています。

リサイクルやリノベーションという手法自体は世界中で当たり前のものになっていますが、白井屋ホテルはその文化と魅力そのものを新しく生まれ変わらせています。その地に根付き、生態系を築き、芸術や思想を育んでゆく。それは、建築という大きな規模だからこそなしえる、文化、社会、生態系の循環。自分の半径5000mを見渡してみれば、あなたの町でもきっと時代を超えて生まれ変わった建築が見つけられるはずです。

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脳の情報循環がお手本、ディープラーニングの世界

PCやスマホや家電、そのほか私たちの生活のいたるところで実装されているAI(人工知能)。その根幹にあるのが「ディープラーニング」と呼ばれる機械学習の技術です。

ディープラーニングの革新的な点は、膨大なデータを取り込むことで問題を解く方法を機械が自ら学習すること。これは深層学習とも呼ばれ、機械がデータから「学習」することによって、問題を解決することを可能にします。人間が知識や経験を身につけるのと同様に、機械が自ら学習していくのです。

そんな「ディープラーニングの父」と呼ばれているのが、日本神経回路学会初代会長・名誉会員の福島邦彦。1979年に発表された「ネオコグニトロン」というディープラーニングの基本構造はとても革新的なもので、現在開発が行われている音声、動画、自然言語といったさまざまな情報の学習を可能にする人工知能技術の礎となっています。

実はAIにおけるニューラルネットワークは、人間の脳が持つ神経ネットワークをヒントにして考案されたもの。人間の脳は、数百億個の神経細胞がお互いに連絡することでネットワークを形成しています。脳内で情報が循環するように、テクノロジーの発展により世界規模でネットワークが形成され、情報は巡り続けます。

ロボットと暮らす生活なんて物語の中だけの話だと思っていましたが、かつてSF映画に描かれた「近未来」を追い越す日は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

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大気の循環

毎朝天気予報をチェックすることは「当たり前」になっていますが、その天気を予測する方法が見つけ出されたのは今からたった数十年前のこと。

1960年代後半に、気候を予測する手法「大気大循環モデル」を開発したのが、2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎。真鍋は大気と海洋を結合した気候モデルを提唱し、大気中の二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化に影響を与えることを実証。高校の授業で習うような基礎的な法則を組み合わせて導き出されたそのモデルは、気候にまつわる研究に多くの影響を与えました。

地球温暖化が進み社会課題としての関心が高まる中で、真鍋は「大気大循環モデル」に水温、塩分濃度から海洋の状態を導く「海洋大循環モデル」を結合し、「大気海洋結合大循環モデル」を考案しました。過去の気象データを用いずとも現実の気候を高精度で再現できるという画期的なもの。そんな「大気海洋結合大循環モデル」は今も、気候変動の予測に用いられています。

2021年にノーベル賞という偉大な功績を授かることになる真鍋が大気モデルの研究をはじめたきっかけは「地球の気候を理解したかったため」なのだそう。地球温暖化防止のためではなく、知的好奇心に端を発した研究が巡り巡って、長年にわたって利用される気候モデルを生み出したのです。

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銀河やブラックホールは、未知なる循環によって成長する

さまざまな事象が循環によって成り立っているというのは、地球の話にとどまりません。宇宙空間を形成する銀河の構造もまた、物質の循環によって成り立っているということが近年の研究でわかってきました。

国立天文台の泉拓磨准教授は、2023年11月、130億光年以上離れた天体の放つ電波を捉えられるアルマ望遠鏡を用いて、地球から約1400万光年にあるコンパス座銀河の中心付近を高解像度で観測したと発表。分子や原子、プラズマを捉えることにより、銀河内のガスの流れや構造を詳しく調べることに世界で初めて成功しました。銀河を構成しているのは、宇宙空間内にある恒星や小さな星、ガス、宇宙塵やダークマター(暗黒物質)といった物質。ダストや有機物の素である元素が星の内部で作られ、それらが円盤銀河の内側や銀河と銀河の間を循環することで成長してきたと考えられています。

人類が宇宙空間へと踏み出したのはたった63年前のこと。しかし民間人の宇宙旅行を企画する企業が現れているように、宇宙までの距離は想像するよりもずいぶんと近いものになってきました。未だ解明されていないことばかりですが、銀河そのものや、宇宙の成り立ちが解き明かされる日はそう遠くないのかもしれません。

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仏教思想における生と死の循環

仏教には成仏という言葉があります。人は亡くなったあと世界に溶け込み、ひろくあまねく広がり、混ざっていく。第125回芥川賞を受賞した玄侑宗久による中編小説『中陰の花』の中で、僧侶・則道の妻であり、日々の中で亡き者の影を感じ続ける圭子が、成仏についてこう語る場面が印象的です。

「恨みとか、悲しみとか、そんなものがほどけて大空に溶け込んでいって、私っていうようなものが無くなるくらいちっちゃくなって広がって、みんな一緒に混ざっちゃうことやろ、成仏って……。純化することだと思うし、……純化に種類はないと思う。そりゃあ、なかなかほどけない人はいると思う。……とうとうほどけないっていう人もいるかもしれない。……でも、ほどけたら一緒やと思う」

「死ぬ」と「生きる」は真逆の概念であり、対義語であり、陰と陽である。実感として、それはそう。ただ、成仏の意味合いから捉え直してみると、「死」と「生」もひとつの循環の上にあると言えます。そしてそれは、自身からもっとも遠いようで、近いところで起こる循環なのです。