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微生物は地球の外側からやってきたのか
宇宙規模の循環に思いを馳せながら

Index

  1. 極限環境でも生き続ける そのメカニズムとは?

  2. 微生物の活動範囲が示す 生命の起源に関する可能性

  3. 生命多様性のキーワード

  4. 2007年、「たんぽぽ計画」発足 宇宙空間で微生物を採取する方法って?

  5. どうしても気になること 地球の外側に生命は存在しうるのか

地球上の生命は、一体、どこでどうやって生まれて、現在にまで続いているのでしょうか ? この生命の根幹に関わる論争、実は、科学的に完全には決着していません。地球上の生命は、地球の中で自然発生的に生まれたのでしょうか ? それとも、地球の外から何らかの「種」が持ち込まれたのでしょうか ? 最近、「アストロ・バイオロジー(宇宙生物学)」と呼ばれる学問分野が注目を集めています。宇宙空間の他の惑星やその衛星、小惑星などの組成を詳しく調べることで、生命の起源を探る。「宇宙探査」と「生物学」の結びつきによって、新たな知の地平を開拓しようというのです。

皆さんは、日本の小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」の活躍は耳にしたことがありますか。これらの探査機が地上にもたらした小惑星の砂のサンプルは、地球上の生命の起源の解明に繋がる大発見をもたらしてくれるかもしれません。米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)がこぞって惑星や衛星の探査に向かう目的の1つも、生命の起源の解明にあります。

『月刊日本館』では、第2号、第3号と微生物について言及してきました。この記事のテーマはぐっとスケールを広げて、「いのちの起源と宇宙」。宇宙と生命に関する包括的な学問である「アストロ・バイオロジー(宇宙生物学)」の学会に所属する山岸明彦博士に話を聞きました。

極限環境でも生き続ける
そのメカニズムとは?

山岸さんは、東京薬科大学所属の理学博士であり、極限環境下に住む生物を調べる「極限環境生物学」を専門として掲げながら、宇宙と生命について研究を続けています。仮に地球外で生まれた生物があるとして、どうやって宇宙空間で生き延びることができるのでしょうか。

「仕組みはシンプルです。微生物は単体で宇宙空間で生きることはできませんが、かたまりで移動することで外側が死んで犠牲になり、内側を守ることができます。また、よく『宇宙空間で生物が死滅してしまうのは放射線が強烈だから』と言われますが、それは間違いで、本当の脅威は紫外線。だから、外側が紫外線を吸収してあげればいい。もしくは石のような硬い物質の中に隠してやれば、中の微生物は1年くらい生き長らえるんです」

微生物の活動範囲が示す
生命の起源に関する可能性

宇宙空間でも生物が生き長えられるとするなら、地球上の生命は宇宙に由来するという考えも成り立ちうるようにも思えます。(「生命の種(spermia)」が「あまねく(pan)」存在することを前提とするこの考えは「パンスペルミア説」と呼ばれます。)

他方で、生命は地球の中で生まれたという考え方も唱えられています。深海底で高温の熱水が噴出する場(高温熱水孔)があり、その付近の化学合成によって生命に必要な物質が生成されたと考える「海底熱水説」も有力視されています。

生命は、地球の海から生まれたのでしょうか。それとも、地球外の宇宙からもたらされたのでしょうか。実に興味深い論争です。しかしながら、山岸さんは、両方の説に対して懐疑的だといいます。

「まず、パンスペルミア説。私の解釈では、どこかで誕生した生命が宇宙空間を移動した可能性を示しているにすぎない。本当に知りたいのは、どうやって誕生したのか、ということ。だからパンスペルミア説は少なくとも生命の起源論ではない。では海底熱水説はどうか。生命には必ず核酸が含まれますが、それを構成するリボースを繋げるには乾燥のプロセス、すなわち『陸』の存在が必要不可欠です。そう考えると、海の中から誕生したと断言するのも難しそうです」

前提として、生命の起源にまつわるストーリーは研究者によって様々。いろんな分野の専門家がいろんな角度からいろんな説を唱えています。そこで山岸さんにも、ご自身のスタンスを聞いてみました。

「まだわからない、と言わざるをえません。アミノ酸、エネルギー、乾燥など生命にまつわる条件を考慮すると、心の中では火山地帯でわき出る温泉周辺が有力だとは思うのですが、まだ何かを決めつけることはしたくない。実は昔、別の研究で先入観をもって決めつけて失敗したことがあったんですが、そのときに『わかる』に執着するのはすごく恐ろしいことだと痛感したんです」

地球が見える宇宙空間で、少年が科学の本を読みながら浮遊しているイラスト。周辺には鉛筆2本と消しゴム、シェードランプも浮遊している。

生命多様性のキーワード

生命や宇宙は、これだけ技術が進歩した現代でも謎が多く残された、だからこそロマンあふれる分野です。それでも、一刻も早く最終的な答えに辿り着きたくなるのが人間の性というもの。特に、「〜説」を断定する行為は多くの人を惹きつけるキャッチーさがある反面、別の可能性に対して目と耳を閉ざしてしまうリスクをはらんでいます。

山岸さんも本当のところは、「微生物が宇宙空間を移動しないほうが“面白い”」と感じていたそう。

「その方が、それぞれの星で独立した生命体が存在することになるので、生命の多様性がある。そういう意味で“面白い”と言いました。また、仮にいろんな生命が独立して誕生したことが証明されれば、それらの共通項を調べることで生命に関する条件が明らかになります。例えば、異なる生命体なのにもかかわらずアミノ酸は20個持っているよね、とか、核酸は必ず含まれているよね、とか。それらの条件と環境を照らし合わせることで、生命が存在しうる範囲まで判明します」

生命のサンプル数が多ければ多いほど、生命の起源を研究するための素材が増えることになります。しかし、微生物が宇宙空間を移動する可能性があるということは、生命の起源、すなわち研究サンプルの数が1つかもしれないということ。「なんだ、また解明から遠ざかってしまったじゃないか」と思うかもしれませんが、科学はこうしてひとつひとつ可能性を潰していく作業の連続でもあるのです。

ここで、山岸さんのルーツについても触れておきましょう。ご本人はなぜ、いつ頃、生命の起源に興味を持ったのでしょうか。

「だって……宇宙の成り立ちと生命の起源、それが一番気になるじゃないですか。理由はそれだけです。宇宙ではないですが、地球、生命の歴史に興味を持ったのは幼少期の頃から。よく読んでいた理科図鑑の巻末に、地球の歴史が1ページにまとまっていました。でも、そんなの1ページで説明できるわけがないので、つまり当時は何もわかっていなかった、ということ。ただ、そのときはそれだけ。もっと直接的に興味を持ったのは、自分がアメリカでポスドク(ポストドクター:大学院博士後期課程の修了後に就く、任期付きの研究職ポジション)をやってから日本へ帰ってきたときに、友人が生物の進化の道筋を描いた進化系統樹をみせてくれたのがきっかけです。たしか『サイエンス』か『ネイチャー』に掲載されていたものだったんですが、生命についてこんなところまでわかってきたのかと驚きました。いま振り返ると、それでもまだ根拠がいい加減で信憑性に欠けるものだったんですが(笑)」

山岸さんが帰国したのは、1980年代に入る直前のこと。生物学の世界では、ようやく遺伝子のことが判明してきた頃。実は1970年代から、本人は生命の進化について研究したいと思ってはいたものの、当時は「生命については実験、検証ができないから科学にならない」というのが常識でした。山岸さんいわく、「当時から進化論という言葉はありましたが、論というのは文系で使われる言葉ですから」とのこと。

宇宙空間で地球の上に立つ博士のイラスト。虫眼鏡を顔の前に持ちながら宇宙を観察している。宇宙には惑星と星たちが見える。

2007年、「たんぽぽ計画」発足
宇宙空間で微生物を採取する方法って?

それから50年あまり。いまや生命の起源について多くの論文が発表され、新しい説が浮上するたびに世間で話題を呼ぶ。そんな中で山岸さんは2007年、微生物が惑星間を移動するのかを調べる「たんぽぽ計画」を発足させました。

「1986年に当時のソ連(現在のロシア)がミールという宇宙ステーションを打ち上げたんですが、あるとき船内にカビが生えたという報告を受けました。中に人間がいるんだから当たり前じゃないかと思いつつ、同時に宇宙船の外に微生物が存在する可能性に思いを馳せました。それから、飛行機のフィルターを利用して上空の塵を採取して調べられないかと考えていたら、ちょうど宇宙航空研究開発機構(JAXA)から『研究目的で飛行機を飛ばしませんか ?』という募集が出たんです。応募したら見事に採用。それがたんぽぽ計画発足のきっかけです。そこで、デイノコッカス・ラディオデュランスという、微生物の研究者であれば誰でも知っているポピュラーな細菌を採取することができました」

だとすると、もっと上空にも微生物が存在するんじゃないか。今度は、飛行機よりもさらに成層圏(地上から10〜50キロメートルの領域)に近づくことができる大気球を飛ばすことに。そこでも、2回目にして菌を採取することに成功。可能性はどんどん広がります。

さて、経緯だけを書くとシンプルに聞こえるかもしれませんが、実際の作業は困難を極めます。まず、成層圏付近は気圧が地上に比べて何十分の一、何百分の一になり、気温もマイナス何十度にまで下がるため、人間が行くことはできません。人間のかわりに微生物を採取するポンプも、外部の気圧が真空より低いためヤワなものではいけない。さらに、サンプルを上空から落として着水する際に蓋を閉めるのですが、それも当然リモート作業。つまり、通信技術、アンテナなど、全て極限環境に即した装置をそろえる必要があります。

とすると、宇宙空間での採取はさらに大変なのでは ?

「宇宙空間での調査には、地球上で最も軽い固体であるエアロゲルを使用します。ほとんど空気で構成されていて、見た目は煙を固めたような感じ。外から微生物が飛来してきた場合、地球は高速で回っているので、秒速8キロというピストルの弾の10倍以上のスピードでぶつかってきます。宇宙船は飛行機のようにお腹を下にして飛んでいるんですが、エアロゲルを背中側につけることで、上から飛んできたものしか取り込まない仕組みになっている。宇宙船から出た微生物はスピードがなく穴を開けられないので表面につく。だから穴が開いているところから順に調べていくわけです。すでに、宇宙船につけたエアロゲルには300個くらい穴が開いています。大部分は微隕石がぶつかった跡でしょうが、中には微生物が混じっているかもしれません」

先ほど「微生物が宇宙空間を移動しないほうが“面白い”」という山岸さんの発言がありましたが、本人の興味関心とは離れたところで、淡々とデータから事実を検証していくことが科学者としての重要な責務。「たんぽぽ計画」で得られる結果がまた次の謎に繋がり、次世代の科学者の探求テーマになっていくのかもしれません。

宇宙空間に地球を含む4つの惑星が並ぶんでいるイラスト。2つの輪っかが4つの惑星を囲っている。地球には人間が立っていて、その他の惑星には人型のシルエットが立っている。

どうしても気になること
地球の外側に生命は存在しうるのか

ここまで、微生物は宇宙空間を移動するかもしれない、という可能性について説明してきました。少し話は飛躍しますが、地球の生命が火星由来であるという可能性も完全には否定できなくなりました。ここで誰しも想像してしまうのが、映画などイマジナリーな世界の中では数多く描かれてきた地球外生命体の有無です。

「これに関しては、学者によってバラバラの仮説を持っていると思います。例えば、生物学者の立場から考えてみる。生物学者っていうのは、例えばサークという遺伝子(細胞のがん化を引き起こすがん遺伝子)を調べるとなったら、それに人生を賭けるわけです。サークが少しでもおかしくなったら人間はがんになる。そう考えると人類が何十年も生きること自体が奇跡的な確率。しかも何億人も。こんなミラクルは他の星ではありえないんじゃないか。すると宇宙人は存在しない可能性が高い、ということになります。一方で、物理学者と天文学者だったら『別の星に地球と同じか似たような環境があるかもしれないのに、なぜ人間だけが特別なの ?』と考えるはず。人類だってただの動物。むしろ、他の星に生命がいないほうが不思議で、他のところにもっと進んだ文明があってもいいはず。つまり、その人の研究テーマやものの見方によって地球外生命体が存在する可能性はゼロにもなれば、無限大にもなりえるんです」

アストロバイオロジー(宇宙生物学)で複数分野をカバーしながら研究活動を続ける博士は、ここでも「ゴールはないですよ」と話します。ただ、その表情と口ぶりは、諦めのそれではありません。わかることは確実に積み重なっている。日本の小惑星探査機「はやぶさ」、「はやぶさ2」が回収した小惑星の砂のサンプルに、生命の起源に繋がるヒントが隠されているかもしれません。研究は日進月歩で進み、常識は上書きされ続けています。それでも、何かを断定するにはまだ早すぎるということです。

最後に、日本館が掲げる「循環」というテーマに立ち返ってみましょう。微生物は宇宙空間を漂って地球に辿り着き、また、地球上の生命がいつか死に絶えた後であっても、地球から飛来した生命の種がどこかの星で未知の生命体を生み出しているかもしれない。それはある意味、時空を超えた、最も壮大な循環のストーリー。
しかし山岸さんからすると、「循環」という言葉にもある種の警鐘が含まれているようです。

「循環は恒常性を指します。つまり、変わらないこと。ただそれは人間が始めたものではなく、地球がずっと保ってきたもの。フィードバックによって元の状態に戻る要素がいくつも含まれていることで、地球の温度が一定であったり、自然環境が保たれたりする。つまり循環とは、“ずっとそこにあるもの”なのです。しかしいま地球のバランスが崩れつつある中で、人間が既存の経済活動や生活を維持することは、“循環”ではなく“惰性”と言えるでしょう。地球の循環を守るために、人間は既存の惰性的なループから抜け出し、新しいことに挑まなくてはいけないと感じています」

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微生物は宇宙でもサバイブできるのか、
生命の起源にまつわる様々な説を紐解く。
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