interview
日本の美意識を纏う。ユニフォームに込められた思いと工夫について
日本館のアテンダントユニフォームは「日本の美意識を纏う(まとう)」をコンセプトに制作されました。
着心地、動きやすさ、暑さ対策などの機能性に加え、環境に配慮した素材の使用や会期終了後のリサイクルなど、さまざまな視点に基づいた工夫が盛り込まれ、着物の構造をもとに、余白を大切にする日本的な感覚を体現しています。
移り変わる季節の中、日本館でアテンダントとして働く多様な人々が快適に美しく着られるユニフォーム。そこに込められた思いと機能について、デザインを担当された中田優也さんに伺いました。
まずは中田さんの自己紹介をお願いします。
中田さん
「ポステレガント(POSTELEGANT)」というブランドのクリエイティブディレクターです。ブランドを立ち上げて8年目になります。2025年の春夏のコレクションは、パリファッションウィークに出展し、国内外のさまざまなショップで展開される予定です。
これまでの経歴としては、名古屋学芸大学在学中に渡仏して、「マルタンマルジェラ(現メゾンマルジェラ)」出身のデザイナーが手掛ける「ルッツ(現ルッツヒュエル)」というブランドのモデリストとしてインターンシップをしていました。日本とパリで学んだことが現在のブランドにつながっています。
日本とパリで洋服の作り方は異なるのでしょうか ?
中田さん
自分が学んだ範囲の話になりますが、日本では平面での作図が多く、より緻密に1mmにこだわるような作り方を学びました。一方でパリには立体的に服を作るという伝統があって、作図よりもトルソーの上で布地を重ね合わせて服の形をつくることを重視します。
僕は日本で学んだ後にパリへ行ったので、驚かされることも多かったです。どちらが優れているということではなく、それぞれの良さを生かしながら服を作るという姿勢が根底にあります。
「ポステレガント」のコンセプトを教えてください。
中田さん
「時代や場所を超えて残っていくものを生み出す」というコンセプトを掲げています。
それは日本館の「循環」というキーワードとも通じるものですね。
中田さん
そうですね。例えば和服は数百年前から形が変わらず、今も愛されています。普遍的な服は、世代や時代を超えて受け継がれていきます。自分自身も十年後、二十年後にも身につけたいと思ってもらえるような、消費されず受け継がれていくものを作りたいと考えていて、ブランドを始めて一番最初に出したコートを今も変わらずに展開しています。
日本館のアテンダントユニフォームのコンセプトを教えてください。
中田さん
「日本の美意識を纏う」というコンセプトです。日本的な感覚を元に、機能性と美しさを両立するものを目指しました。着物のような平面的な構造を元に、帯状のベルトを締めて身に纏うことで美しく余白ができるように意図しています。色はチャコールグレー一色。スカーフだけワンポイントでアクセントになります。また、日本館には「再生工場」という側面があって、ワークウェアのように、動きやすくて暑さや寒さに対応できるものにしたいと考えました。日本館で働く人は年齢やバックボーンなどさまざまです。誰もが快適に着用できるように、帽子やベストを2種類ずつ用意するなど、組み合わせにバリエーションがあります。統一感がありながら、身に纏う人の個性が引き出せるようなシンプルで雰囲気のあるユニフォームを目指しています。
ミニマルな構造にはどんな理由が ?
中田さん
ボタンやファスナーなどの服飾資材をほぼ使わず、モノマテリアル(一つの素材)にこだわっています。モノマテリアルだとリサイクルの際の手間が劇的に減るんです。金属のファスナーがついていたら、それを取り外すための工程が増えてしまう。役目を終えたら循環して次の形に生まれ変わることが、このユニフォームには必要不可欠だと考えています。この発想は着物に近いんです。着物は、日本に古くからあるモノマテリアルの一例と言えますね。
そういった狙いがあったんですね。
中田さん
また、ボタンではなく帯状のベルトによりサイズを調整することでフィット感の調整がしやすく、一つのサイズで多くの人に対応できます。サイズの展開が増えると、合う合わないがシビアになって無駄が出やすくなってしまう。今回はS,M,Lを中心とした3〜4サイズ展開で、多くの人に着用していただけるように計算しています。
素材についても教えてください。
中田さん
小物を除くウェアには、東レさんが手掛ける環境配慮型のポリエステル素材を用いています。機能性や耐久性も厳しくテストされていて、静電気で体にまとわりつくこともありません。畳んでもシワになりにくく、きれいに着られます。畳んで一枚の風呂敷にまとめるビジュアルは、この素材があったからこそ実現できました。
また、バッグは帝人フロンティアさんの環境配慮型の人工皮革を使用しています。もともとはサッカーボールやシューズなどに使用される素材で、それらの生産工程で廃棄予定になったものを活用しています。
4月から10月の開催期間中、気温や天候の変化も大きいですよね。
中田さん
特に暑さ対策のために、生地と身体との距離をなるべく離すことを意識しました。空気が通るような余白を作ると体感温度が変わります。パンツは直線的なシルエットですが、生地がなるべく脚に触れないよう筒状に広がるパターンになっています。また、速乾性に優れた素材なので、汗をかいてもすぐに乾いてくれます。日本館で働く人の快適さを担保するために色々な工夫が施されています。
足元の雪駄と足袋も印象的でした。
中田さん
主に式典などで着用していただくものですが、これはNEWBASICさんの展開する現代的な雪駄に、創業140年超の歴史を持つ福助さんの足袋を組み合わせています。快適に履ける上に、テクノロジーが日本的に昇華されている点が決め手でした。ハイブリッド感が日本らしいとも感じています。
足首のゴムは今回特別につけています。しっかりホールドできて、すぐに脱げず疲れないように、ゴムで固定するアイデアを提案して採用してもらいました。これは祭の時に雪駄を紐で縛るアイデアから着想しているんです。見た目もシンプルで気に入っています。
制作の際に、苦労した点はありますか ?
中田さん
靴や帽子の制作は初めてだったので少し苦労しました。日本館全体のコンセプトや自分が決めたテーマのなかで、どういう小物がフィットするのか。ほかのアイテムとの整合性を取るために試行錯誤をしました。マキシンさんに製作いただいたハットとキャップは、ウェアとは異なり、再生和紙から作った紙糸を使用して、編みで表現しています。
日本館のパビリオンは木の板がずらりと並ぶので、一式を身に纏う上で、天然素材のざらっとした質感があった方が空間に調和すると考えました。結果的に、機能的で美しい一揃いができたと思います。
このユニフォームを身につける人に伝えたいことは ?
中田さん
万博にはさまざまな方が訪れるので、誰がアテンダントなのかが一目で分かることも重要です。色やディテールは決して派手ではありませんが、一式着用すると独特の存在感を放つように調和と主張のバランスを考えながら設計しました。日本館の美しい空間の中で快適に働き、来場者に寄り添っていく。そんな行動を支えるものになったらいいなと願っています。
最後に、中田さんが考える美意識について教えてください。
中田さん
服は身につけるものなので、説明や理屈だけではなく、袖を通した時に “いいね” と感じてもらえることが大事だと思っています。一人ひとりが自分の感覚でジャッジして、自由に捉えてもらえたら。
また、日本の文化には「見立て」というものがあります。たとえば日本庭園の石の並び。石を何かに見立てて並べた作り手と、それを鑑賞して解釈する人の見立て。作り手と受け手の感性が共存することで成立します。日本館のアテンダントユニフォームは制服という名前を持ちながら、それを着る人の見立てによって存在感が変わっていくものです。日本館の「いのちと、いのちの、あいだに」というテーマもそうですが、芯はありつつも多様に解釈ができるものは美しいですし、アテンダントや来場者一人ひとりが意味を考えていくことが大切だと思います。
中田 優也
1988年岐阜県出身、2009年渡仏。オンワード樫山にてBEIGE,(ベイジ)デザイナーとして勤務後、独立。2017年、自身のブランドPOSTELEGANT(ポステレガント)を開始。日本の着物のサイズフリーな要素と、パリで得た立体感覚を武器に、着心地と美しさを併せ持つハイクオリティなコレクションを発表。
ジェンダーレスでハイエンドなモダンウエアがプロからの評価を集め、デビューして2年目にしてTOKYO FASHION AWARD 2019を受賞。東京コレクションにてランウェイショーを発表。その後、イタリア フィレンツェやフランス パリでも発表をしている。ファッションブランドの運営を軸に活動し、素材開発からデザイン提案まで日本とフランスで培った立体感覚とパターンメイキングへの理解で実現していく。
写真:Hirohito Okayasu (MASH)
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